チャンバラの腕は竹光らしい

加茂川にこもって、ふんぷん、春宵気分である。

そして、ひっきりなしに、きこえてくるのは、川向うの堤の上を走る京阪電車に音である。

「チャンバラ俳優としてですね、皆さんのチャンバラの実力の程は?」と質問をかえた。

「剣道?」と高田さん。

「ハア、何段」とききただすと

「エスカレーター段ですよ・・・。段があって、段がない・・・。雷蔵君は?」と高田さんが雷さまの方を見る。

「僕?僕も無段・・・無段御免・・・の方ですね」

「千代之介さんは?」と、今度は僕がきくと

「僕のはブ段・・・」

「ブダン?」

「は、おどりの段、舞段ですよ。酒の段なら三段ぐらいかな・・・」

オヤオヤ、千代之介さんの初しゃれである。

「しかしね、段がなくても、時代劇の人は、立廻りはできますよ。僕は歌舞伎でやってきたし・・・。とにかく、構えぐらいはね・・・」

と雷蔵さん、ここで、ちょっと息をいれ

「その点、現代劇の人が、時代劇に出て立廻りをやってうしろ向きになると、ボロが、いっぺんに出ますよ」

高田さんもまた

「うん、コワイね。後姿って奴はね、その姿勢、歩き方で、欠点まるだし・・・。それに、年齢がでるんでいやだよ」

「時代劇の歩き方は、確かにむつかしいでしょうね」というと

「むづかしい。僕なんか、いつのまにか、おなかを突だしすぎてヒョコヒョコ歩きになってしまうんです。はや足になると、なおさらひどい・・・」

と千代之介さんは、後向き恐怖症らしい。

誰だって、後から撮られるのはいやだ。後姿は逃げの姿だからかも知れない。逃げの姿に美しさがあろう筈はなかろうではないか。

雷さまは音痴かしら

「処で、話が、また高田さんの若さに戻るのですが、時代劇の人はフケませんね」と、今更のように美貌の高田さんいいうと

「ところがね、時代劇の人は、若い頃は、フケばかりやるもんですよ。どう雷蔵君は?」

と雷蔵さんに高田さんがきく。

「そうですね、まア、だいたい、自分の年齢以上の役が多いですね。ところが、女優さんは、同じ年齢でも、ズット、僕より、フケをこなすし、また、事実フケてみえる・・・」

と、そう答える雷蔵さんに、また高田さんが

「そうなんだな。僕の場合はそれで困る。僕と同年配の人は田中絹代さんあたりかな?・・・とにかく、こういうことがあるんですよ。一年前に僕の娘役だった人が、一年たつとオカミさん役。芝居がうまくなった証拠ですが、だから、僕の相手役はしょっ中かわるわけですよ」

「その高田さんが、いつまでも、若い歌う二枚目・・・とは羨ましい・・・。高田さんの写真は殆ど歌が入るんでしょうね・・・。実は、この処、殆ど観てないんで・・・申し訳ないんですが・・・」

「そうですね。十本撮れば八本までは歌入りですね」

「やっぱり歌を入れた方がやりいいんですか?」

「さ、そいつは会社の政策だね。しかし、僕自身はプラスマイナス、ゼロですよ。ただ、大衆的にはトクでしょうがね・・・」

「千代之介さんは?歌は?」

「は、今度の“侍ニッポン”で歌うことになっとるんです。曲もできてるんですが・・・」

と答えると、高田さんが

「敵あらわる・・・」

「雷蔵さんは?」というと

「僕はダメですよ。うまければ、高田先生のマネをして人気を奪うつもりですがね・・・」

と、また、高田さんが

「見えざる強敵だ・・・いや、いまだ歌わざる強敵よ・・・だね」

「しかし、残念ながら音痴・・・まあ時々、下手な小唄をうなるぐらい・・・三味も、まあ、一応はね・・・」

雷蔵さん、この処、実の謙遜しているが、一度ぜひききたきはその小唄。その三味である。如何です?雷さまファンの皆さん、この次のファンの集いに、小唄と三味を強要しては・・・。

チャンバラの眼 ラブシーンの眼

「高田さんの歌は、これはもう、映画同様、大当たりばかりですが、最近のヒットは何でしょう?」

「そうですね、やはり“名月佐太郎笠”・・・新東宝で撮ったものの主題歌ですが・・・」

「レコードやラジオで、東京へいらっしゃることもあるんでしょうね?」

「ハア、月に一回はね。ラジオはいいですが、レコードの吹込み、これにはエネルギー全部消耗さしちゃいますね。とにかく、何というか、一枚のプレスができ上るまでの苦しさ・・・。別にアガリはしないが、あの吹込室のフンイキが息苦しいんですよ」

高田さんが顔をしかめて、そのフンイキをおだしになる、ファンが見たら、身代りになりたいほどの光景である。こうして書き流していると、読者の皆さんには、語り手三人の表情が判らないでしょうが、終始、手まね足まね(いや足まねはできないですよ)、表情たっぷりで話をするのが高田さん、そして年期が入ってる堂々さと自然さ・・・。

千代之介さんは、上半身を直立不動の姿勢に於て、寸部も崩さずという形である。チビリチビリとさかづきをほして手酌である。大人の風格だ。

そして、雷さまは、これは、やはり、一番若い。坊ちゃん坊ちゃんとして、スタイリストとはいえない天衣無縫型である。好漢そのものズバリの感じである。

「千代之介さん、あなたは、チャンバラより酒の方が好きらしいですね?」というと

「そうですよ。酒あって京都の夜は愉しかりけりですよ」

「英雄酒を好む、英雄だろうな・・・いろいろ・・・」と酒にからむ

「いや、僕のは舞踊、酒を好むですよ。酒も、のめば踊りますからね、とにかく、酒なくて・・・ですよ」

と、そばから高田さんが

「京都よいとこ酒の味・・・だね。僕はとんとダメだけれど、しかし京都はいいですよ。俳優さんでね東京でなきゃダメだ・・・とよくいうでしょう?あれは小僧っ子のダダですよ。どこにおっても懸命にやれば・・・ですからね」

と、千代之介さんも

「そうですね。要するに本人次第・・・ですね」

「とにかく、京都は落ちつきましょう?この中で、でもミッチリ勉強はできますからね」

しかし、それは、いわば時代劇俳優だからだろう。

「雷蔵さんは、どう、東京と京都どちらに住みたいです?」ときくと

「そうですね。目下のところは京都ですが・・・。仕事の関係ですし、それに、正直食べるものは京都ですね。東京のものは、何を食べても、醤油で煮しめたようなものばかりで・・・」

「チャンバラシーンをとる時に、何か、うんと栄養をつける・・・ってそんなことないかしら?」と愚問を発すると、高田さんが

「チャンバラシーンはラブシーンと違って、生きるか殺されるか・・・ほんとはそうなんですからね。栄養とか何よりも、眼の力がなくては勝負にならない。ラブシーンはトロンと、寝不足の眼がいい時もあるでしょうが、生死を争う剣の前に寝不足の眼はいけませんよ。僕の場合ですが、何よりも、まず睡眠ですね。よく眠る・・・。パチッとした眼・・・。そんな時は、真剣に、勝つぞ・・・という気魄でたたかえますよ」

「と、ラブシーンのシーンをとる前夜だけ、徹夜で麻雀ですか?」

「とんでもない・・・昔は、夜ねたもの・・・。やっぱり、時代劇では、ラブシーンでも眼に力がなくちゃ・・・」