映画人と家庭

緑濃き鳴滝の家

市川雷蔵は京都時代劇の今をときめくホープである。マゲをつけては水もしたたる若衆となり、刀をぬいては白面の美剣士となり、現代劇をやらしても「炎上」の一作にすばらしい性格的演技を示す。この巾の広さが、彼の人気を確実なものとし、ファンの層を幾重にもつみかさねる。十五歳で舞台をふみ、市川寿海の養子となって、雷蔵を襲名した。関西歌舞伎の若手として、大きな話題をなげたが、映画入りしてわずか五年、たちまち今日の人気を築き上げた。

ところで、一日の仕事を終えた雷蔵さんは、撮影所から遠からぬ 鳴滝の自宅へ帰って来る。マゲをとり、厚いドーランを落した彼は、スターとは思えぬ平凡な青年にすぎない。「一人の家庭なんて、おかしいですね・・・」と云いながら、それでも気持ちよくカメラの前にすわってくれる。ここは雷蔵さんの一人住い、御一家は大阪におられる由。鳴滝はかって山中貞雄を中心とする鳴滝組発生の地、夏の緑りが濃いあたりに、蝉の声がしみ込むようだ。スターと云うはげしい労働を終って、一汗かいた雷蔵さんには、いかにも落着いた静寂の場所だ。ここで読書をしたり、テレビを見たり、愛犬と疲れを忘れたり、そして、この中から明日の演技をつくり出す反省が生れて来るのだろう。鳴滝はまことに良き休息の場所である。雷蔵を生むことによって、このあたりは再び往時の注目をあびるにちがいない。