雷蔵放談
寄らば切るぞ


あぁ!独身の浅ましさ=(5)=

=女にゃわからぬこの気持=

 男って変なもんだ。とくに僕のように独身でいると、妙に女が恋しくなることがある。笑うなよ、ほんとうなんだ。こんな切ない気持になるのも五月という季節のせいなんだ。夜 - 京極の町を歩くと、甘い風が鼻腔をつく。その風に乗ってすれちがう女の体臭が、香料が、くすぐったくにおってくる。ああ、たまらんなァ・・・僕はそう思う。そして心のもだえをおぼえる。こんな気持・・・とうてい女にはわかりゃしないネ。ああ、どうしよう、どうしましょ。・・・ってなもんで、僕は映画館にとびこんだ。

 町を吹くさわやかな風に反して、映画館のなかはオリのように空気がよどんでいた。むっとする暑さだった。そして席は満員だった。しかたなく僕はうしろの方に立って映画をみた。

 そのとき、またしても僕の鼻腔をプーンとつくものがあった。えもいわれぬ香料のにおい。僕はそのにおいにチンチロリンのカックンとなった。心は波だった。せつない気持が音をたててくずれた。そのいいにおいを発散させる女は、僕のすぐ近くに立っていたんだ。僕はその女のかたわらにジリッ、ジリッとよっていった。女も僕の気配をさっして、体をすりよせてきた。ああ、そのときの興奮、僕は女の手をにぎった。女も僕の手をにぎりかえした。ああ、そのときの気持。ぼかァ、シビレたねェ、ゾクゾクッとしたよ。ぼくァはこの女は絶対に脈がある・・・そう思うと、なおいっそう体を近づけていったんだ・・・。ところがだ君ィ。まァ、聞いてちょうだいな、そのときパッと電気がついた。映画が終ったんだ。当然のこと、映画館は明るくなった。するとだよ、女はびっくりしたように僕の顔をみて、あわててにぎった手をふりほどいた。そしてキョトキョト周囲をみた。そしてだよ、自分のうしろにいた男をみて「あんたァ、こんなところにいたのォ、ヘンなひとが私の手をにぎったのよォ」とさけんだんだ。ぼかァ、あわてたねェ、映画が終ったらどこかの喫茶店で冷たいもんでものんで、それから・・・それから。あとはなりゆきにまかせようって思ってたのに、ああ残念ー だったと会社の衣装係のH君が僕に報告した。

 僕はいってやった。バカだよ君は、みずしらずの女にそんなことするなんて、痴漢として捕まったらどうするんだ。それにしても、女の手をにぎるほど興奮させる映画って、どんな映画 - ときいてみた。すると彼はぬけぬけといった「あのなァ雷ちゃん、あんたの『千羽鶴秘帖』や」こんちくしょうめ、ぼかァ、とたんにHの手をにぎりしめるんじゃなくて、ブンなぐってやった。