もっと楽しい恋を

淡谷: こんなこといっちゃ、あれですけど、映画俳優の歌だけは、感心しませんね。(笑)歌い手の芝居がどうにもならないのとおなじで、あれはよしたほうがいいわ。雷蔵さん、歌は>

雷蔵: 歌ってませんよ。(笑)

淡谷: 歌わないで下さいね。裕次郎さんの歌にしても、いいと思わない。(笑)何かあるけど、すぐ飽きちゃう。

雷蔵: ところで、僕は映画界にはいってまだ苦労らしい苦労はしてないんですが、大へんいい素質を持ちながら、のびられない不運な人がいますね。

淡谷: そういう人もいるでしょうけど、スタアになる人は、はじめからわかるっていうのでしょう。のびきれない人には、何かしら欠陥があるんじゃないかしら。

雷蔵: 芝居がうまかったり、顔がよかったりしても、人をひきつけるものがなくちゃあね。

淡谷: だから人真似をしたりする・・・。

雷蔵: 苦労といえば、淡谷さんはモデルをしながら音楽学校に通われたんだそうですね。

淡谷: 私って水みたいな性格だから、その頃はその頃で、結構楽しかったんですよ。相手が絵描きさんばかりだから、いろいろ吸収するものもあって、フランスの話なんかきいているうちに、フランスがおぼろげながらわかってきたり・・・苦労を苦労と思わないタチでしたね。

雷蔵: モデルをして、どのくらいの収入になったんですか。

淡谷: 朝の九時から夜の九時頃までやって、午前中が一週間で七円二十銭、個人のアトリエに雇われると、十円くれるんです。午前、午後、夜と三つにわけて稼ぐと一週間で三十円、大正から昭和のはじめですから、女としては大へんな高給なの。(笑)大学出の男の人の月給が四十五円ですもの。そうこうするうちに、スポンサーがつきましてね。(笑)結婚を前提としないで勉強させてくれるっていうから、卒業したら働いてお返ししますということだったの。ところが独り者のスポンサーだから、そうはいかない。(笑)

雷蔵: やはり絵描きさんですか。

淡谷: ええ。結婚してフランスへ行こうということになって、パスポートまでおりたんだけど、どうしてもイヤで逃げだしちゃった。(笑)そのうち学校を卒業したけれど、よりどころがないでしょ。それで、ピアニストの和田肇と結婚したんですけど、勉強させてもらおうという打算が出発点だったから、長つづきはしなかったわ。(笑)

雷蔵: 歌を捨てても、と思ったような人は、ありませんでしたか。

淡谷: こっちは捨てる気になっても、そういう人には、奥さんや子供があったりしてね。(笑)でも私、終始一貫片想いでおわりそうな人が、ほんとはいるんですよ。その人のことを思うと、心が何かしらいっぱいになってくるのね。たとえ相手の気持がどうでも、あたし自身の心の支えになるだけでいいの。つまり女は、どんなに年をとっても、恋人をもっていなければいけないと思うわ。

雷蔵: そういう恋愛をするかな。(笑)

淡谷: 雷蔵さんはもっとはげしい恋をするといいですね。すぎ恋愛をして、捨てても捨てられても、大いに悩んだ方がいいんですよ。大失恋をしてガクッとくると、演技も変ってくるんじゃないかしら。

雷蔵: でも、キッカケがないと。(笑)

淡谷: キッカケなんて、いつくるかわかりませんよ。今夜になるか明日になるか。(笑)ササールみたいな女の子がいたら、コロッとまいっちゃうかも知れないでしょう?

雷蔵: そりゃあ、まあね。(笑)

(週刊明星 59年9月6日号より)