野心作でがんばろう

雷蔵 ところで錦ちゃんこんどの「蜘蛛巣屋敷」が終ってから何を撮るの。

錦之助 野心作で云えば近松の「梅川忠兵衛」(「恋飛脚大和往来」)を改題した「浪花の恋の物語」を内田先生(吐夢)で四月ごろ撮り、秋の超大作では「源義経」(脚本小国英雄、監督松田定次)を七月中旬から九月末にかけて撮るはずだ。

雷蔵 ウン「浪花の恋の物語」か、いい題名だナ、僕もあれを撮りたかった。

錦之助 「梅忠」は君のものかも知れないナ。それから「油地獄」も演りたいネ。

雷蔵 ウン、僕も演りたいと思ってる。

錦之助 アレ、ウッカリ企画を話すと君に取られるから止めだ(笑)

雷蔵 「浪花の恋の物語」の相手女優に有馬稲子さんが噂にのぼっているが、彼女はいいネ。

錦之助 ウン、九分九厘きまるんじゃないかナ?君は僕の向うを張って西鶴の「好色一代男」を撮るらしいナ。

雷蔵 アア、あれは大映入社当時から演りたいと思ってた企画だが、とうとう会社を口説いて撮ることになった。監督は現代劇の増村(保造)監督になるという噂だが、まだ確定してないネ。

錦之助 君みたいなウブな男が「世之介」を演れるかナ(笑)彼氏は七歳にして童貞を破っているだろ。君は早熟だナ。(笑)

雷蔵 イヤな事を云うナ(笑)人殺しをしなければ人殺シーンが出来ないというような愚問じゃヨ(笑)そこは僕の演技力でいいところを見せるヨ(笑)

錦之助 とにかく雷ちゃん、君は嫌な奴だぜ僕が信長を演ると云えば先回って信長を撮るしサ、近松の「梅忠」を演ると云えば向うを張って西鶴の「好色一代男」をと歌舞伎で対戦してくるしネ。

雷蔵 そりゃ僕の責任じゃないヨ、大映サンに聞いてくれヨ(笑)しかし楽しいナ、君の「梅忠」僕の「好色−」共に野心作として頑張ろうヨ(仲よく握手をする)それから君は「成吉思汗」も撮るのか?

錦之助 もう、云わんヨ、僕の企画を云うと君がみな先取りするから・・・(笑)しかし親友の好しみえ云うならばネ、これから歌舞伎ものも撮るし、企画分野を広めて平安朝、奈良朝、鎌倉時代、そして神代の古典ものをジャンジャン撮るよ。

雷蔵 そうだナ。僕も、そうした方面に企画分野を広めたいと思うネ。

錦之助 アレ、この野郎、また僕の真似しやがる(笑)

雷蔵 イヤ、これは真似じゃないよ。だいたい、この頃の時代劇の行き詰りを論議されるだろ、それはだネ、題材の殆んどが江戸時代が多いだろ、時代劇のこれからの在り方というか存在価値はだネ・・・

錦之助 オイオイ待った、雷蔵評論家だネ。

雷蔵 マテマテ、時代劇の発展はだネ、題材分野を各時代までに広げることが必要なんだヨ。(テーブルを叩いている)

錦之助 解った、解った(笑)もう仕事の話は止めよう。最近は僕を少しも誘いに来ないネ、飲んでるの?

雷蔵 だいたい、君みたいな呑んべーは困る、ベロンベロンに酔ってサ、喧嘩ばかりしたがる奴はご免だ、禁酒、禁欲、禁煙で専ら読書三昧というところだ、ウーン。

錦之助 アレ、この野郎、聖人みたいなこと云ってやがる。そして「好色一代男」のみたいなのを読んでりゃ世話ねエや(笑)

☆久しぶりに語り合う機会をもった、錦之助、雷蔵の両雄の舌戦はいつ果てるともなく、続いていました。“心の友・芸の敵”という言葉がピッタリの二人です。静かな春の宵でした。(映画ファン59年5月号より)