学校は卒業してほしいです

−いま三年生だと、結婚なさってから、学校の方は・・・?

雷蔵 せっかく大学までいかれているのですから、できるなら続けてほしいですね。ぼくたちが勝手なことをいってもなんですから、学校が許すなら、通信教育とか、試験のときだけ通学するとか。(笑)とにかく、無事卒業してほしいですね。

 と雷蔵の思いやりあふれる言葉だった。

−新婚旅行は?

雷蔵 まだきめていません。どうなりますか・・・。

 ふたりは、そっと顔を見合わせた。
 恭子さんの薄く化粧した色白の頬が上気して、さくら色に染まっている。陽にやけた雷蔵の元気いっぱいの顔−。

 ふたりをまたカメラマンの群がとりかこんで、背景の金屏風にフラッシュの光が飛び散っていた。

 さて、二人の結婚式は、明春三月二十七日、この婚約発表と同じホテル・ニュージャパンで、大日本精糖社長、藤山勝彦氏の媒酌で行われることにきまった。結納も、婚約発表も、とどこおりなく終わり、新しい門出を待つばかりの二人である。

 遠田恭子さんは、大映社長永田雅一氏の養女にあたるのだが、この愛娘の晴れの門出に対し、永田氏は記者会見の席上で喜びをこう語るのである。

 「わたしは恭子の養父として、雷蔵君と恭子の婚約が、親友藤山勝彦君の媒酌でめでたくととのったことを、非常に喜ばしいと思っています。なんとなれば、雷蔵君は我が社の社員であり、恭子はわたしのこどもである。そして、二人の結婚は、おたがいが発見した理想像である−二人で協力して、円満な家庭を作ってほしい。きわめて平凡なる家庭生活を築いてほしいと思います」

早く孫の顔がみたいと父寿海

 永田社長のよろこびの声に続いて、雷蔵の父であり関西歌舞伎の大御所である市川寿海は、こう語る。

 「せがれ嘉男(雷蔵の本名)と恭子さんが無事婚約発表を終えた−父としてこのうえのよろこびはありません。せがれは、家庭についてはいろいろ考えていたようです。しかし、こと結婚問題は、親がきめることではない。お前の理想に合う人を捜してこいと、常々いっておりました。お前が選んだ人なら反対はしない−そういっていたところ、いつのまにかすばらしい人を見つけていた。せがれの理想どおりの人だと思います。この上は、一日も早く孫の顔が見たいものです」

 期せずして、居並ぶ報道陣のあいだに拍手が起こった。

 映画界きっての好青年、市川雷蔵、三十歳。その彼がえらんだ日本的な才媛遠田恭子さん二十一歳−このふたりによって、すばらしい家庭が作られる日も近いだろう?

「どうぞよろしくお願いします」と幸福につつまれた雷蔵と恭子さん