市川雷蔵写真集 げいのう百花

宮沢りえの写真集「Santa Fe」が発売されブームを呼んでいる。それより先に市川雷蔵の写真集『孤愁』(マガジンハウス刊)が出版されたが、これが着実に売れ行きを伸ばしているという。現役の若い人気タレントのヌードとちがって、こちらは二十余年も前に亡くなった故人だが、そのアルバムが、俳優(わざおぎ)の華をいささかも色あせずに保っているのがりっぱである。

市川雷蔵は、役者としての花の盛りの三十歳前後に、時代劇と現代劇とを問わず、ほとんどあらゆるタイプの役柄を見事に演じた。それは生き急ぎといってよいほどの質量の仕事であった。ニヒルな剣士を演じるかと思えば、がらりと様の変わった軽妙でコミカルなやくざに変身してみせた。「炎上」と「ぼんち」というようなおよそネガとポジのように異なる両面の役柄をし分けながらも、もしそれを同じ市川雷蔵というひとりの人間のイメージに還元させるとすれば、それはこの写真集の書名『孤愁』という言葉が一番似つかわしいかもしれない。

このアルバムは、必ずしも市川雷蔵のフィルモグラフィーを網羅するような構成をとっていない。ある意味では、これまであまり人目に触れなかったような写真を多く集めて新奇さをねらう販売政策的なものがうかがえなくもない。色刷りの弁天小僧や平手造酒にふんした特写がそうである。しかしこれもまたわざおぎの宿命であり、むしろここでは出演場面よりも、むしろ彼の役者としての内幕をのぞかせるスナップ、日常生活の細部に焦点を合わせたスケッチに魅力がある。

役者は変身をなりわいとする。ありていにいえば虚業の最たるものだ。彼らはそれを日常生活にまで持ちこして、芝居をするクセが身についてしまったものが多い。その点、雷蔵は常に気のゆるせる人間であれば、誰でもつかまえて、フランクに語りかけ、個のアイデンティティーを主張した。この写真集にも、新幹線の車中や、東京のホテル、街頭のスナップなどに、そうした雷蔵の個の内面が照らし出されている。それが何よりも貴重だ。(滝沢一)