市川雷蔵負けん気物語

                                                     清閑寺 健

伸び行く青年スタア

命をかけて

 雷蔵の魅力は、若さと純粋さと芸にたいする素直さである。清潔感もそうだ。

 『次男坊鴉』で彼と相手役、嵯峨三智子とのラブシーンに情熱家の三智子が能動的であるのに対して、雷蔵は圧倒されて受身になり勝ちだった。そういう無垢な新鮮さのみなぎるところが彼の長所であり、時に物足りなく感じさせる所以でもある。

 彼は大映の天然色映画『新・平家物語』に青年清盛の役をあてられた。俳優としてまさに命をかけて取組むべき大役である。『新・平家物語』といえば雷蔵には妙な因縁がある。それは父の寿海が三年前から三回に亘って舞台で青年清盛を演っている。おなじ一座の雷蔵は、じいや杢助家盛の息子を演ったのだが、一つ舞台なので父の清盛をよくみている。このことが、こんどの異常な成功のかげの力となっていることはいうまでもないだろう。

 痩せぎすで美少年型の雷蔵のことだから、弓、大刀、馬に鍛えられた当時の清盛の逞しさを出すのはなかなかの苦心を要した。

 たとえば、筋骨隆々の体躯とみせるために綿の肉じゅばんをきてみたが、肩の骨のゴツい感じが少しも出ない。そこで「ミスターニッポン」の裸の写真をいろいろな角度で撮って部分的な肉づけをやってみたが、これも溝口監督の気に入らない。結局、地のまま全部ぬりでやる方が頚との調和がとれていいということになった。

 何しろ今まで線の細い若様侍や若様大名といった役が多かっただけに、清盛の役は雷蔵にとって、確かに一つの転機となった。

 彼自身としては、果たして転機となるか、下手をすれば役者としての自分に自信を失う結果になるかわからないので、それだけに必死の努力ぶりだった。

 彼は巨匠溝口監督にたいして深く傾倒している。だが、それを表面には出さなかった。溝口氏は撮影所内では怖い監督で通っていて、俳優はみんなピリピリしている。ところが雷蔵一人は・・・内心はともかく・・・平然としているので、みんな不思議がる。ある口の悪いのが、

 「雷蔵は強度の近眼だから見えんのだろう」

 と笑う有様であった。

 雷蔵は、演技にしても納得いかぬことがあると、「どうしてそうやるのですか」と遠慮なく訊く。理由がわかると、素直にそのとおりにやる。つまり演技にたいして非常な熱意をもっているのである。

 俳優に“時間待ち”というのがある。セットにはいる時間をまっているのだ。溝口監督が彼に注意した。

 「セットとカットをつなぐ待ち時間を演技工夫のために利用すべきだ」

 当然のことなのだが、なかなか実行できないものだ。だが、彼は忠実に教えを守った。(待つ間にたいする心がまえ如何が、自分の演技を成長させ、同時に映画俳優としての運命を決するのだ)

 彼はこう思って仕度部屋で演技の工夫をしている。

 九月十八日正午、大映京都撮影所の俳優部屋で、当の雷蔵君と対坐する。

 「雷蔵さん、じつはお母さんからきいたのですが、あなたは魚は食べるが小魚は嫌いだそうですね。どういうわけ?」

 第一問を放つと、彼には予想外だったらしく、おもしろがって笑いだす。

 「アハ、ハ、ハ・・・小魚は小骨をとるのが面倒くさいのですよ。鯛などの切身なら食べます」

 「ほう、妙だな。時節柄、どこへいっても鮎の塩焼きなど出るでしょう」

 「それがいやなんです。だから母がいると訊くんです、この魚、骨があるかって・・・すると母は、そんなこと訊いてみっともないからおよしなさいって云うのです」

 カラカラと笑うところなど「坊ちゃん」のニックネームそのままである。

 「ところで、雷蔵さんの好きな女性の型(タイプ)は」

 「明るく、パチッとした顔と女らしい心の人が好きですね。男の仕事をよく理解してくれて家庭を大事にする人」

 「そんな人、いるんじゃないの」

 「とんでもない、三十まではダメ、ダメ・・・」

 「女優ではピア・アンジェリーが好きだそうですね」

 「ほかに一人、大好きな女優さんがいるのです。『ユリシーズ』で娘役を演ったロッサノ・ボデスタという伊太利の新人女優です。明るい愛くるしい顔で・・・好きです。私の亡くなった養母(九団次の妻)に、眉から目のあたりがよく似ているのでとても惹かれました」

 彼にとっては夢寐にも忘れえぬ母なのであろう、結局、対話は養母のことに移ったのであった。

 彼の養父だった市川九団次氏は、難病でいま京都府立病院に入院している。彼は寿海夫妻に打ちあけて、明日の命も知れぬ病父の一切の面倒をみているが、晩年不遇の育ての親に孝養をつくす、というこのあたりに新しき巨星、市川雷蔵の真の面目があるのではあるまいか。

 

(ピア・アンジェリーとロッサノ・ボデスタ)

(婦人倶楽部 55年11月号より)

  

 

寿海が