スクリーンを銀幕と呼び、映画スターが、文字どおり、燦然と空に輝く星として、特別な人であった、昭和30年代。匂うような凛々しさと、どこかはかなげな美貌でスクリーンを彩った俳優・市川雷蔵は、大阪歌舞伎の舞台から、昭和29年『花の白虎隊』で映画デビュー、15年間で154本の映画に出演しながらも、昭和44年、人々の記憶に、その魅惑的な残像を刻み付けたまま、37歳で他界。その役柄どおり、神秘のドラマを生きた名優であった。

「雷さま」と呼ばれた人

「魔性の女」という言葉は、近ごろワイドショーなどで頻繁に使われるせいか、お手軽でポップになってしまったけれども、「魔性の男」というイメージには、まだまだ日常に蹂躙されていない神秘性がある。

転びバテレンと武士の娘との間に生まれ、冷たい美貌と孤愁の影をひく剣士『眠狂四郎』は、魔性の男である。生い立ち、容姿がすでに魔性であるのに加えて、人斬りシーンの凍りつくようなニヒルさ。同じ刀の鞘で、女の長襦袢の裾を割る、蒼ざめたエロチシズム。円月殺法の剣の冴え。その立ち姿を思い浮かべる時、それは決まって、在りし日の市川雷蔵の持つ、清澄で孤独な佇まいと重なるのである。はまり役との出会いと言ってしまえばたやすいけれども、それは、その謎めいた生い立ち、俳優としての凄烈なまでのこだわりを貫いた生き様など、市川雷蔵自身、魔性に彩られた素顔の持ち主だったからなのだろう。

死の直前、雷蔵は病床から原作者の柴田錬三郎に「狂四郎の役だけは、死ぬまでやらしてほしい」と電話をしていたという。雷蔵のその執念は、彼を『眠狂四郎』ごと、天国まで連れていってしまったのかもしれない。彼の死後『眠狂四郎』は、何人もの俳優によって、リメイクされたけれども、ニヒル、孤独は演じられても、誰一人として、雷蔵の演じた魔性を越えてはいないのだから。