ロマン・本門寺・雨

 

東京は雨。ロマン劇場の前に人の列、それは、市川雷蔵というひとりの役者を見るために集った人たち。すでに逝ってしまった人を、これだけの人が・・・。驚きとそして嫉妬にも似た感情が走る。

入口で一輪の白菊をわたされ、遺影の前に供える。写真は何の屈託もてらいもない笑顔を浮かべている。ふと、もう二度と雷蔵のような役者が出ることはないのではないか、私はたまらなく寂しい思いがした。

衣笠監督、伊達三郎氏、藤村志保さん、三人の話の所々に、私の知らない普段の市川雷蔵が顔を出す。“失意泰然、得意冷然”彼が好んで使ったこの八文字は、毛筆で書かれてこそふさわしい、同大での講演(みわ註:昭和40年4月28日の同志社大学特別講座)の記念に学生たちに残されたこの言葉は、伊達氏が話されたそのままに、毛筆で丁寧に書かれてあった。

映画が始まった。スクリーンに大映のマークが映ると拍手、続いてタイトルでまた拍手、市川雷蔵の名前が出るとまたまた拍手。そして、もちろん雷蔵登場でも同様である。話には聞いていたけれど、この二月ほんの二-三人で「ひとり狼」を見たときとは大違い、少しとまどいながらも、私も拍手。

「濡れ髪剣法」、二枚目半、世間知らずの若殿。眠狂四郎も好きだけれど、この味も捨てきれない。「忍びの者」藤村さんの清楚な美しさが光る。そして「ある殺し屋」これは伊与田さんが語り尽くし済み。「眠狂四郎円月斬り」つづいて私の好きな「ひとり狼」、雪の中を行く伊三蔵の横顔が忘れられず、「これがヤクザだ。よく見ておくんだ」この雪の中の壮絶なシーン。何度見ても同じ所で涙でくもって画面が見えなくなる。

朝。雨の新宿、映画が終わるとどうしてこう哀しくなるのか、不思議でたまらない。

本門寺、雨の中の墓参。石段を上がると五重塔が迫ってくる。その塔の下に、太田家の墓が、それと教えられなければわからないくらいのつつましさで建っている。なんだか信じられなかった。ほんの数時間前まで一方的ではあったけれど、私の前に元気な姿を、あの涼やかで、時には冷たく光る目をみせていた人が、冷たい墓の下に眠っているなんて。この現実の前に私はただ悲しかった。無性に腹だたしかった。けれど線香の煙の中に、白菊に包まれた墓石、それを見つめているうちに「忠直卿行状記」を思い浮かべていた。悲しい横顔だった。けれど何かが私のうちで吹っ切れたような気がした。この日は私の十九回目の誕生日。来年、同じ頃に今度は一人でやってこようとその時私は決めていた。