時代劇の★新星 市川雷蔵

水もしたたる若侍に、元禄情緒ゆたかな商家の手代に、また胸のすくような歯切れのいいやくざに−およそ時代劇の二枚目の役どころを、半年もたたぬうち次々とやってのけた市川雷蔵さんは、今年度の時代劇スタア最大のホープといえるでしょう。

去年八月の「花の白虎隊」でデビュー以来、「千姫」「幽霊大名」を経て、たちまち主演映画「お夏清十郎」「美男剣法」と、昨年度中に早くも五本、今年に入って「次男坊鴉」がすでに封切られ、つづいて「次男坊判官」の完成も間近です。こうして、彗星のように登場したホープ、市川雷蔵さんとは・・・。

○生い立ち

まず雷蔵さんの生い立ちを簡単に御紹介すると雷蔵さんは、昭和六年八月二十九日、現在も関西歌舞伎で活躍している市川九団次さんを父として京都に生れた一人っ子でした。

三つのとき、室戸台風による風水害にあって大阪へ移り、そこで御両親の愛情につつまれてスクスクと成長してゆきました。桃ガ丘小学校を経て天王寺中学校へ入りましたが、学校ではたいてい級長か副級長をつとめ、おとなしくて明るい優等生タイプの少年で、国語と博物が得意の学課でした。

ところが、太平洋戦争が激化し、度重なる空襲を避けてふたたび京都へ疎開、まもなく中学三年で中退しました。そのころあまり丈夫でなく、遠い所まで通学するのが無理だったのと学校へ行っても勤労動員でロクに勉強できなかったためでした。そして、やがて終戦を迎えました。

そのころは、俳優になろうなどとは夢にも思ったことがなく、医者か銀行員になるつもりでいたというのですから、人生とは全く不思議なものです。ところが、終戦の翌年、昭和二十一年十一月、大阪歌舞伎座公演にあたり、「中山七里」の茶店娘お花の役に出ないかとの話があり、何の気なしに舞台に出たというのが、彼の将来を決定した運命の転機になりました。