話が変りますが、最近女性ファンの間における僕の評判が《大へんワルい》ということを聞いて驚いています。別に、悪評をこうむるこれぞというオボエもないし、女性をヒボウする放言をはいたこともないんですから、僕といたしましては、まことに心外なことだと思っていました。ところが、その原因が『浮舟』の匂宮にあると聞いて、

 「なるほどなア」

 と膝を叩かざるを得ませんでした。

 僕の皇子匂宮は、エロガントの権化のような男です。人妻を誘惑し、小間使いにはチョッカイを出し、揚句の果ては、半ば暴力を用いて清純な浮舟を犯し、このため浮舟は、湖中に身を投げて死じまうという、女性の敵ナンバーワンである匂宮を演るについては並々ならぬ苦心がありました。

 大体生れながらに少々硬派に出来ているものですから、こういうことについては経験がありません(本当ですゾ)。年齢の割に、こと恋愛に関してはウェット派に属する方ですから、何等良心の呵責もなく、次から次へと女体を求めてへん歴する匂宮のドライなドン・ファンぶりを表現するのは、むずかしいの一語につきたわけです。

 経験がないからやれない。そんなこと云ってちゃ俳優を廃業しなくちゃいけません。知らなくても、その役柄を消化し、完全に表現するところに、俳優としての存在価値があるんですからネ。

 と云って藤十郎の恋みたいに実験精神に徹するわけにもいかず、僕は僕なりに考え、衣笠先生(貞之助監督)の御指導を得て体当りでブッつかったんです。

 その匂宮に対する女性ファンの怒り?が、僕に向けられた、ということなれば、当人にとっては全くのヌレ衣みたいなもので、ご迷惑と申すよりほかありませんが、反面、女性の反感を買う程、匂宮にドン・ファン的な体臭がにじみ出ていたということは、僕にとっては望外の幸せということだ、と思い直してみたり、このところ“嘆きのドン・ファン”の悲哀?をしみじみと味わっております。役柄が変る度に、ファンの方たちから、励ましやらお叱りのお便りを頂きます。ほんとうにありがたいことだと思っています。ある敵役のところへ、レターがよく来るんですが

 「誰々さんをイジめて、おぼえていろ、お前なんか死んじゃえ」なんて、ヒドい手紙が多いのですが、云いかえれば、その俳優さんぼの演技が、悪役として立派なるがゆえに、ファンの方にニクまれ、オドかしの手紙となるんですから、俳優としては大変立派だと思っています。

 僕も一度悪役をやって、大いにニクまれるようなメイ演技を示してみたいという野望を持っているんですが・・・。