☆逃げ出した剣客

里見 錦之助さん、こんどの「森の石松」では相当すごい立廻りをやってましたけど、片眼で立廻りは、やりにくくなかったですか?

錦之助 はじめは、やりにくかったね。左の方から来るのが、良く見えないだろう。見当がつかないんだよ。でも、ずーっと片眼だったからね、しまいには、勘で判るようになったけど。

千代之介 見えないのは、一番困るね。僕も眼が悪いからね、はじめはうまく行かなくてね。

弥太郎 かかり(斬られ役の人)の人の顔がよくわからなくてね、こんどは誰が来るのかわからない。

橋蔵 わからないって云えば、この前の「丹下左膳」でね、柳生源三郎が道場で三人を相手に荒っぽい稽古をつけるシーンでね、ポンポンと行くんだけど、むずかしい殺陣でね、手順を忘れちゃったんだ、荒っぽい場面だから、向うもいせいよく斬り込んでくる。そのいきおいがあんまりすごいんでね、思わず「キャーッ」って逃げ出しちゃったんだ、サマにならない。(笑)

雷蔵 弱い源三郎やな。(笑)ワイドになって立廻りも変ってきたけど、画面の中でしめる位置がむずかしいね。

賀津雄 ぼくは子供のときはチャンバラやりたくてしょうがなかったけど、この頃はむずかしくて。

里見 ぼくなんかも踊りをやってなかったから腰がすわらなくて、むずかしいですね。

橋蔵 ぼくらでも、初めのうちは、立廻りをやってれば、イヤなことなんか忘れていい気持ちだったけど、この頃はツクヅクむずかしいと思うようになってきたものね。

里見 この前の「小天狗霧太郎」で扇太郎さんの足をついちゃったんですよ。

千代之介 なんともなかった?

里見 ええ、とびちがうところで、ちょっとちょうしがずれちゃったんですね。そうしたら、足の方はなんともなくて、竹光がおれちゃった。(笑)

賀津雄 健脚だね。すごく丈夫。

里見 いや、着物をたくさん着てたんですよ(笑)でも立廻りはいいけど、時代劇のラブシーンっていやですね、テレちゃって。(笑)

雷蔵 はじめは誰でもイヤなもんやけど、馴れればね、水着で抱きつくわけやないし、時代劇は。(笑)

弥太郎 ホウヨウだけで愛情を表現しなきゃならないから、現代劇以上にむずかしいね、ラブシーンって云えば、「相馬の歌祭り」で紫千代さんの女房おいねを呼ぶときに、まちがえて「おとく」って呼んじゃったんや。

錦之助 あやしいぞ白状しちゃいなよ。

雷蔵 リイちゃんもついに結婚か。(笑)

弥太郎 冗談いわんとき、「残菊物語」を想い出してたんや。それで何気なくおとくと出たんや。

千代之介 うまく逃げたね。(笑)

橋蔵 高級な話になってきたよ。(笑)

弥太郎 ありがとう、一ぱい行きましょうか。(笑)

橋蔵 ありがたいけど、くやしいね。今はダメなんだ、これで(と手のホウタイを見せる)

雷蔵 それを承知で云ったんやろ。(笑)

橋蔵 ぼくはお酒を飲むとすごく陽気になる性なんでね、ペラペラしゃべり出すんだ、本当に今日みたいなときは飲みたいんだけどな。

千代之介 うっかり飲ますと、独演会になっちゃうね。

錦之助 ちょうどよかった。(笑)ぼくは家では飲まないな、あまんまり。三合ぐらい、それでねちゃう。表へ出たときは別だけど。(笑)浩ちゃんは?(里見君に)

里見 ビールが一本ぐらいでまっ赤になっちゃう。

賀津雄 ぼくと同じくらいだね。仲よくしよう。(笑)

弥太郎 やっぱり一番強いのは千代ちゃんかな。

千代之介 そんなことないよ、だいたいあんまりみんながそういうことを云うから、千代之介は酒が強いっていう伝説が生まれるんだよ。

雷蔵 ほんまかいな、どれくらい、いける?

千代之介 まず三合がいいところ、楽しいふんいきだと早く酔うね、だけど一人でテレビを見ながらやっていると、七合ぐらい飲まないと、いい気持にならない。(笑)

雷蔵 それみいな、やっぱり、強いやないか。(笑)

弥太郎 ぼくは、酔っぱらうと、顔にちょびひげをかきたくなるくせがあってね。

錦之助 いやだよ、断りもなく画いたりしちゃあ。

弥太郎 いや、自分のヒゲや。

橋蔵 それならどうぞ、ごえんりょなく。

賀津雄 一緒に飲んでる人はおどろくね、気がついたら、急にヒゲが生えてたなんて。(笑)

千代之介 ぼくなら大丈夫。後でビックリする方だから。

里見 つまり、ケイコウ灯(笑)うわッ!!ごめんなさい。

千代之介 だから、あまりおどろいたことはないんだけどね、たった一度だけ・・・。

錦之助 どうしたん。

千代之介 それは四谷へ住んでいたときにね、夜おそく駅をおりて帰ろうとしたんだよ。降りたお客は、僕一人しかいなくてね、歩き出したら「モシ、モシ」って女の人が呼ぶんだ。

橋蔵 ちょっとした怪談だね、四谷怪談。

千代之介 ふりかえると、誰れもいない、気のせいだろうと、また歩きだすと、また「もし、もし」あまりおどろかない方なんだけど、さすがに背すじがゾクゾクしてきてね、かけ出そうと廻りをよーくみたら・・・。

橋蔵 みたら・・何にが出てきた?

千代之介 公衆電話があってね、中で女の人が「モシ、モシ」。

錦之助 やられた!(笑)

全員 (同時に)斬られた!(笑)

(平凡58年8月号より)