「雷ちゃん」というより、むしろ撮影所の俳優部やメーキャップ、結髪、衣裳部あたりではもっぱら「坊ちゃん」でとおっている。歌舞伎の世界のしきたりでそう呼ばれていたのが、“そのまま引きつがれているのだが、この呼称”実はあの夏目漱石の「坊ちゃん」の意がなくもない。天衣無縫というか、彼の天真ランマンな性格が、かの「坊ちゃん」とあまりにも相似しているからである。

 この「坊ちゃん」こと市川雷蔵“いいたいこといい”という点でもナンバー・ワンという定評があるというより事実そのとおりなので、下は昼食を運んでくる出前持ちの女の子から、上は所長・社長にでも思ったことをズケズケいうことは天下一品だ。ところが曲がったことをいわないから、スタッフなどにいわせると「シャクにさわるときがありますね。でも、あとで考えてみりゃ彼のいうことがまともなんでね。反省させられますよ」ということになる。

 「だから人がやられているのは気持がいいですな」と拍手をおくる者もいる。とにかく筋がとおっているのである。しかも率直だがトゲがない。彼の話しぶりはオープンで具体的なのが特徴だが、なんといっても生でぶっつかってくる温かみを感じさせるのが身上だろう。

 これが彼の美点だが、とにきは真意を解されず、損な場合もある。『山田長政・王者の剣』で雷蔵が長谷川一夫との共演をイヤがり長谷川をして「私が頼んでもダメですか」と怒らしたという伝説などもその一例で。事実はシャムの王子という外国人の役で、しかも大芝居があるのに自信がもてず「できれば下してほしい。それが不可能なら日本人の役なら喜んで出る」と三浦所長に申し出たのが誤解を生んでかくの噂となったものだ。

 しかし一部にはあの“いいたいこといい”はどうも作戦的な匂いがないでもない。「放言してるようで、チミツに計算された節がある」という声もある。そんな人でも「あれだけズケズケいって敵を作らないというのは全くトクな性分ですな」と感心してしまう、まことに憎めない「坊ちゃん」である。

 「やっぱり頭がいいんですな」ということになる。そういえば人を見る眼が非常に高い。別に頭がいいということの証明にはならないが、相手役や関係者の人物論をさせればまず彼の右にでる者がない。宣伝部あたりでジャーナリスト四、五人も前にして相手役女優などサカナにしだしたら、記者連中よりも手きびしい。ビシッビシッと要点を斬りこむさまは彼の立ち回りよりも鋭いほどだ。話術がうまいというのでなく、その内容の的確さについて耳を傾けてしまうのだ。

 これを当の女優さんの前でもやらかすのだからきつい。それで泣かされた女優さんも数えてみればずいぶんとある。最近では近藤美恵子が「フィルムがもったいないよ」とやられて、歯をくいしばって泣きだした。これが陽性の女優だと口喧嘩の絶え間なくということになる。山本富士子、嵯峨三智子など好敵手だ。お富士さんなど大体がおスマシ屋さんだが、彼とだけは丁々ハッシと渡り合う。あるときは衣裳部でとうとう四つに組んで相撲をはじめ、板の間にズデンとまともに投げとばされ、しばし腰がたたなかったというふうなこともある。といって仲が悪いのでなく、共演中はよくお富士さんの部屋で彼の姿を見かけたりする。