ヌーベル・バーグの旗手

雷蔵: ここでね、このごろ僕のとくに感じていることを、思いきり言わせてもらえますか?

大鵬: というと。

雷蔵: これはファンに対するお願いであり、希望なんですが、時と場合によtっては、少々ね、つねられようとだね、たたかれようと、まア我慢そてますよ。だけど大鵬君にしてみれば、仕度部屋でマワシを締めたときから、花道に出て、相撲とって帰ってくるまでは、やっぱりその日というのか、一生というのか、彼の生活で一番緊張しているときだと思います。

僕らでいえば、撮影所の門をくぐって、自分の部屋へ入ってメーキャップして、衣裳をつける、そしてセットに入って撮影して帰ってくるまでは、緊張してるということでしょうね、よそ目には休憩してるように見えても・・・。

それが情けないというかね、情けないといったら具合悪いけど、ワーイ、いたいたとドッと押しよせてサイン、サインとデモられる。相撲だって、控えのところに入ってきて、サインしてくれといわれたら具合悪いと思うな。その辺の区別がちょっと分りにくいんですナ。僕らときどきそういう顔が出てきますけど、そうするとこのごろのファンは、おたかいという、お前の映画、もう見たれヘンぞ−。(笑)

大鵬: わしらでもよく、そんなことしたら人気落ちるぞ−。こっちはなに言ってんだい、というようにカーッとくるでしょう。

雷蔵: それがいまの一番の悪い風潮だと思うね。そういう人間に限って、ほんとにわれわれの映画を見たり相撲を見ていないのかもわからん。人気落ちるゾとか、見たれへんゾというようなことを言ってるやつはな。

記者: そういうところが人気稼業のつらさということじゃないですかね。

雷蔵: (毅然として)僕はつらいこととは思いません。言いたいやつは言うとれと思います。大鵬君なんか、相撲の歴史は長いですけれども、それを打ち破る近代力士じゃないですか。そういう悪い面の因襲にとらわれないで、正しい意味でのヌーベル・バーグ、新しい波の旗手として進んでもらいたいと希っています。

記者: それじゃもう一つ、結婚相手のことについてもその調子で−

雷蔵: ぼくの奥さんの候補者第一条件は、雷蔵の映画を一回も見たことがないという人なんだゾ。(ドンとテーブルをたたく。笑)

大鵬: あんまりよく知っている人だったらダメだね。

雷蔵: 内助の功とかなんとかいうけれど、あれは旦那さんの知らないことを、うまく取りしきるということでね。旦那さんの職業を側面から後援したり、アドバイスしたりすることとは違うからね。

仕事のことをゴジャゴジャ言われたら、男としてね、主人として権威にかかわる。それでなくても、こっちはいろいろ考えてるんだから腹立ってくるよ。家へ帰ってご飯たべてても、映画がどうのこうのてなこと言われたら。大鵬君だって、あれだっせ、左の上手がどうの、張り方がわるいとか、腰の入れ方がまずいだの言われたら・・・。

大鵬: わしらまだよう分らん、お手本あげて教えてもらわんことにや。

雷蔵: 一番いい例は高峰秀子さん。彼女はスタアの座をかんぐり捨てて、妻として立派なものに一生懸命なろうとしている。妻があくまで主であって、女優は−職業的にも社会的にも立派なものをもっていながら、それをあんまり・・・。女としての幸福は妻であるということだナ、それをやっぱり出しとるナ。

時代がいくら変ろうと、男がつねに家庭的な女を求めるということは、男の古さじゃなくて、やっぱり本能的なものだろうね。

大鵬: そう言うところをみると、雷蔵さんもう決まってるんじゃないかナ。(笑)

(「若い女性」60年12月号)

註:大鵬幸喜 1956年9月初土俵。60年1月新入幕、翌61年9月場所後に柏戸と共に横綱昇進。75年5月現役引退。通算成績:872勝182敗136休、幕内最高優勝32回、連勝数:45、幕内在位:69場所、横綱在位:58場所。