『いろは囃子』のラッシュを覗いて

 映画の撮影は普通三十日から四十日かかる。映画館で見る五分間程にも当らない短いものが毎日少しずつ撮影されて、その集積が整理され編集されて一本の映画になる。毎日撮影されたフィルムは、直に現像されてラッシュプリントとなって戻ってくる。スタッフはそれを試写室で見て、良し悪しを調べる。悪ければ撮り直しをしなければならない。

 ラッシュの試写は、だから一般の人は全然見られない。一体どんな風に試写がされているのか目下大映京都で撮影中の『いろは囃子』のラッシュを覗いて見よう。既に試写室には加戸敏監督はじめ、市川雷蔵、山根寿子、菅井一郎、三井弘次らの人々がつめかけている。スタッフがみんな揃うとスイッチが切られる。

 ラッシュの試写は撮影ずみのフィルムをそのまま棒焼きにしたのだから、カチンコもみな写っている。シーンやカットのナンバーが書き込まれていて、あとで編集しよいようになっている。止まっていた人物が、カチンコがひっこむのと一緒に俄に演技を開始する。カットの順番も飛び飛びだが、今日のラッシュは、或る程度編集されたあとなので、カチンコもなくなっているし、順序もうまくつながっている。

 シーンは木場の材木置場で、市川雷蔵の平太郎を羅門光三郎のさそりの源九郎が襲撃する場面と、さそりの源九郎が平太郎の許婚のお菊(峯幸子)を大川の屋形船に誘拐してくる、それをお仙(山根寿子)と藤兵衛(菅井一郎)が見て、船を追っかけ、格闘の末奪いかえすと云うシーンである。殊に後者は、近江瀬田のロケーションと、第三ステージに大川を作って撮った場面とが、うまく組合されて一つのシーンにまとめられているので面白い。ロングシーンはロケ、アップはセットだ。船頭になっている三井弘次が、うまくいかずテストを繰返したと見えて、同じカットに屋形船の中でライトを抱えている係員の姿が、映ってクスクスと暗闇の試写室に笑が起る。

 「櫓の音がうまいこと入ってるやないか」と誰か云う。菅井と羅門の船中の格闘が二度くりかえされるこのカットはセットで、ロケーションになり、菅井に蹴られた羅門が大川に真っ逆様に落ち込む。暫くして向うの方にポッカリと黒い影が浮んで手を上げている。この辺は後で編集でカットされるのだろう。パット試写室が明るくなり、試写室を出ると最近の天候不順でドンヨリと曇り、「ア〜ァ、今日もオープンはダメやな」と誰かが大きな溜息をもらした。

   

『いろは囃子』