これがホントの熱演

市川: この前、『花の兄弟』で淀の八幡へロケしたんやけど、淀川の草むらへロケセットを建ててね、それをパアーッともやすんや。その前で東野英治郎さんのフキカエの人と立廻りをやったんですよ。石油をかけて景気よくもやすもんやから熱うてかなわん、立廻りの手順も何もあったもんやないわ、熱いのでメチャクチャやね。カメラは三台使って撮っているから、何処から撮られてるか判らんし、スタッフの人たちは熱いと逃げ出してもこちらは逃げ出すわけにはいかんやろ、目の前のカメラにかけてあるカバーまで燃え出すんやからね。それで監督さんたちは遠くへ退いとるからええけど、僕の方は、やめてもええもんかどうか、判らんやろ。とうとう燃えおちるまで、チャンバラのし通しやね。

北上: これがホンマの熱演や(笑)

大川: 立廻りでね、この頃やっと相手の人の胴や腰に刀を当てられるようになったけれども、舞台の立廻りは、体当てないでしょう。当てたように見せるだけで、そのクセがついているのね。だから、一番はじめに立廻りをやった時には斬れない。

市川: おこられるんじゃないかって(笑)

大川: こわくてね、こっちがさ。倒れる人は「えんりょせずに当てて下さい」というのだけど、なかなか、当てられないね、ケガさせるんじゃないかとこわくてね・・・。この頃やっと、「当てますよオ」って「バアーン」と当てるけど、やっぱりこわくてね・・・。

北上: 当てておいて「ごめんなさいッ」ってあやまってんのね(笑)

市川: 僕は、抜き胴のような立廻りでは当てるけど、その他はあまり当てないようにしてますわ。

大川: この間ね、『おしどり囃子』のラストシーンの立廻りでね、テストだからっていうんで、軽くやってたの、全然気を入れないでね。最後にポンとやる時、相手の人がしばらく僕の顔を見てんのよ。何だろうと、ひょいとその人の顔を見たらさ、血が、フッと出て来るのよ。びっくりしちゃってね、全然手応えはなかったんだけど。払った時に、顔をこすっちゃったそれで皮を切ったんだろうけど、おどろいちゃってねえ-。

北上: 僕なんか、あまり斬られる役、やったことがないからね。嵐寛寿郎先生の鞍馬天狗の時に勤皇の志士じゃない、幕府方にまわって、最後に鞍馬天狗につく役なんですがね。六角堂の中で、鞍馬天狗が唯一人、不動尊を彫っているのね。そこへ僕がさっと入って行って斬ろうとするが、斬れない。首から汗を流して斬込むんだが、パッと表へ投げ出されてしまう。そいういうシーンでね、テストの時には、丁寧な人だから、こうやって来たら、こうやって、こうやって、と云ってるけれど、本番になると、すっかり違うんだ。パッパッパッと(ものすごい手ぶり身ぶりで)やっちゃうんだ。

大川: 迫力あっていいね・・・。僕が好きなのは、たくさん人のいる立廻りもいいけど、一騎打ちっていうのが好きなんだ。

市川: いろんなポーズも出来るしね。

北上: 美しいお姫さをかばったりしてか、ええ役やね。

人殺しのチャンピオン

大川: ラブシーンもいいけどさ、ばさっとやった方が気持ちがいいよ、スパッとね。

市川: ごまかすことあらへんで、照れんでもだいじょうぶや(笑)

北上: いや別に、照れるわけじゃないけど、女の子をかばったりするのが大儀やね。一人の方がええわ。(笑)

市川: ほんまかいな大儀そうな顔なぞしてまへんがな(笑)

北上: もうそのへんにしといてや(笑)こうやって立廻りばかりやっていて、今まで何人位殺したやろうかね。

市川: なんや人殺しみたいなこと云うて(笑)僕はそうやな(と数えるような表情)三百人、いや四百人位やったかわからんわ。

北上: 人殺しの数よう覚えとるなー。ぼくは見当つかへんわ。(笑)

大川: あんまり多くて(笑)、この中では僕が一番罪が軽いね、もっとも一回殺された者が、また出て来てもわからないものね。

北上: わからないね、不思議に。そこがまた映画のいいところさ。

市川: 昔は、よく、バッタ、バッタとなで斬りにして、引揚げたら死骸が一つもなかったね(笑)

大川: いくら斬っても、ちっとも人がへらなかったりね。

北上: 本物で、パッと抜くのは気持ちがいいね。竹光だとパッと抜いてもブルブルふるえるけど、本物だとぴたりと止まるからね(と刀をかまえるかっこう)

市川: 重いほうが調子ええなアー。そやけど、映画になった場合は、本物よりも竹光の方が迫力でるね。

北上: そうね。ちょっと考えると本物の方が、迫力が出るように思えるけど、実際にはね、本当に切れるんやからこわいよね。斬る役のこっちが、こわいんやから、斬られる方は、こわいなんていうもんじゃないよ、そりゃあ(笑)

大川: この間、立廻りでね、本物を持ったのよ、切れるのかなアーってね。ひざへ一寸おいただけで、スーッと切れたからね、アブナイナアーと思った。

北上: “やわはだ”だねー(笑)

大川: それじゃ“やわはだ”が風邪を引かないうちにやめておこうか(笑)

(56年7月5日発行 平凡別冊 スタアグラフ「大川橋蔵集」より)