スタア★ずいひつ

仙台への旅

 この月の初め、二十年振りに東北の古都仙台の街を訪れた。といっても幼い頃の記憶とて残っていない僕としてみれば初めての訪れといってもいいほどのもの。森の都の名を止めるこの城下町は、東北特有の素朴で平和な静けさと長い伝統の香いが町のすみずみにまで浸こんでいるようだ。

 「桃太郎侍」の撮影の合間を利用して京都から東京へ、そして上野駅を夜汽車で仙台へ発ったのは、新装開館なった大映仙都劇場へ挨拶出演するためだった。同伴は若尾文子、川上康子、近藤美恵子の皆さん。仙台を訪れるまでは、日本三景の一つ松島の景勝に接し、除夜の鐘で有名な瑞巌寺も訪ねてみたいと思っていたのだが、さて着いてみれば日に三回の実演、ぎっしりとつめかけたお客さんの真剣な顔、気ぜわしそうな劇場の人々を眼の前にしては、舞台の間を縫って自分だけの希望を果たそうなどとは身勝手なことと、切り出すわけにもいかず、ただ残念そうに若尾さんたちと顔を見合わすばかりの有様だった。

 そしてまた、剛勇をもって知られる独眼流伊達政宗の居城青葉城址を訪れることも遂に果せず、青葉城は市内の西、広瀬川のめぐる小高い丘の上にある土井晩翠の不朽の名作「荒城の月」でも知られた城であり、僕自身静かに昔をしのぼうなどと殊勝な気持であったのだが・・・。

 だが我々一行の招宴の席における地元芸者衆の踊り“さんさしぐれ”(註:「さんさしぐれか 茅野の雨か 音もせできて 濡れかかる」この歌は伊達政宗が会津攻略を果たした際に作ったと言われるもので、宮城県では結婚式などのお祝い事には必ずと言って良いほど歌われる民謡。)は郷土芸能のすぐれたものの一つとして非常に面白く楽しいものだった。それまでの慰められなかった旅情に、些やかな不平を抱きそうだった僕の胸も、どこかへ消し飛んで行ってしまった。これは、やはり旅することの楽しさを、この次への期待を充分に感じさせるものだった。