紅葉の夢にのせて

十日ほどたった。K子から二通目の手紙が来た。

−おにいさま。

先日はごめんなさい。あんなお手紙をさし上げたこと、姉からひどくしかられちゃった。でも、約束どおり、私たちは京都へまいりましたのよ。そしておにいさまのお宅へも。

何度も、何度も門の前を行ったり来たりして時間を過しました。ご近所のかたにあやしまれなかったかしら。表札はただ「太田吉哉」とだけしかお出しになっていないのね。姉は、なかなか立ち去りがたい様子でした。だって、塀の向こう側には、おにいさまがいらっしゃったかもしれないのですものね。でも、姉は最後まで門に手をかけようとはしませんでした。ぶしつけな手紙をさし上げたチビちゃんをたしなめたきびしさで、ご自分をもいましめていたのかもしれません。

小一時間もそうしていたでしょうか。門の中は静まりかえって、何の物音も聞こえませんでした。やがて姉は寂しそうにポツンとひと言。

「もう帰りましょう。おにいさまは外出なさっていらっしゃるのかもしれないわ」

姉も心の底で期待していたのでしょう・・・偶然に、おにいさまが門を開いて出ていらっしゃるのを。でも、もう時間がありませんでした。私たちは、その夕方の汽車に乗ることになっていたのです。鳴滝へうかがったのを最後に、京都旅行の全スケジュールは終わるのです。

暮れやすい秋の日が、姉のうしろ姿をぼんやりと赤く染めていました。門の前の道ばたに、落し物でもしたのでしょうか。姉は腰をかがめて、何やら熱心に捜し求めているようでした。私が近づくと、姉は「あったわ」と明るい顔を向けました。姉が、その時たもとにしまいこんだものの正体が、やっと帰りの汽車の中でわかりました。

おにいさま、何だとお思いになります。まっ赤に紅葉したもみじの葉なんです。そういえば、おにいさまの家の庭には、いかにも京都らしい美しいもみじが、絵のように紅葉してましたわね。

姉は、そのもみじをいかにもたいせつそうに、手のひらでもてあそびながら、こう言いました。「これをパリへ持って行くわ。そして、これを日本だと思い、おにいさまだと思って暮らそう・・・」と。あとのほうは涙でとぎれがちな声でした。姉のほおを、一筋、二筋、伝わり落ちる涙を見ているうちに、私もいつか、もらい泣きしながら、一つの誓いをたてました。

「何年さきになるか、お姉さまがフランスから帰るまで、チビちゃんもおにいさまにお目にかからない。お姉さまが、あのもみじの葉を持って日本へ帰ったとき、それをもとの道端に返した時、私たちはおにいさまにお会いしよう」

だから、おにいさま、どうかこの変な子に会ってみたいとお考えになっても、その時が来るまで、私をそっとしておいてくださいね。そのかわり、一週間ごとに、お便りでチビちゃんの近況をお知らせしますわね。−(原文のまま)−