炎上』までの道

太田 『新平家物語』のあと、『炎上』までちょっと印象に残る作品ないね。一回盛り上がったものが、すっーとしぼんだ感じでね。

池広 そのころが、彼としても、一番悩みが多かったんじゃないの。

太田 本当に、作品をずーと見ても、低迷しているね。

池広 そして、一年おいて『炎上』が登場してくるわけでしょう。

太田 いや『炎上』の前年(三十二年)に『朱雀門』がある。これは、雷ちゃんが、自分で自分の演技を作ったという意味で、大変立派だったと思うんです。森さん(一生監督)は、俳優さんに、ままにやらせておいて、そこから引き出す人でしょう。それだけに、あれだけ、演じ上げたのは立派だと思うね。この辺に溝口さん仕込みがかんじられたんだけどもね。

池広 『新平家−』で、ホップして、『朱雀門』がステップで、ジャンプが『炎上』ということだろう。

土井 『炎上』の前に『大阪物語『があるけど、あれは雷ちゃん、一線を出てないし、ステップにはなってないな。しかし、また、この辺がステップじゃなくて、『炎上』がステップで、更にジャンプとも言える。

池広 『炎上』の時、僕たち大変心配したんですよ。彼の美しさとか、良さとか言うのは、メーキャップしたよさだと思ってましたからね。それが、素顔に近いもので、頭を坊主にして、どもりの青年を演じるんでしょう。どういうことになるんだろう。そんなことしていいのかなとね。また雷ちゃんも、この一本で勝負しようという感じが、僕ら、ついていて、ありありとうかがえましたよ。それが、そんな心配も見事に克服し、あのような内攻的な演技をやって、成功したというのは、『炎上』の前の、低迷の期間に、いかに研究していたかということか、僕はわかるような気がするんです。

土井 それからの雷ちゃんはとんとん拍子ですね。

池広 彼は作品をみつめる眼をもっている。そして、役柄をはっきりつかんで、その上に貪欲な研究心を働かせる。

土井 それと、あの『炎上』に取り組んで行った気概だな。ちょっと出来ないね。

池広 それに、彼は、演技者としてばかりでなく、本質的なものを掴んでいる強さがあるんじゃないですか。それをはっきり掴んでいるから、濡れ髪シリーズのような、二枚目半的な役をやっても、こなして行けるということでしょうね。あの濡れ髪シリーズは徳さん(田中徳三監督)の新しい手腕があると同時に雷ちゃんのアイデアみたいのが、随分ありましたしね。徳さんと雷ちゃんが、うまいこと気が合って、濡れ髪のような軽いものが成功した。あれで、雷ちゃんのレパートリーも広くなったわけですね。また、本郷君(功次郎)があれだけ、スターとして出て来たのも、雷ちゃんの功績でしょうね。本郷君一人ではあれだけの期間に、あれまでは、なかなかなれなかったでしょうね。雷ちゃんが本郷君を可愛がっていたということが、本郷君に非常にプラスになっていると思うな。