新しい竜之助を

土井 僕ら、まだ一本立ちになれない連中のさ、いろいろとイメージがあるでしょう。そこで、今更雷ちゃんが竜之助をやるのは淋しさを感じるんだ。僕としては、こういう感じ方の中に雷ちゃんが入って来て欲しいんだな。

池広 新聞読んだら、見出しに雷蔵のヌーベル竜之助と書いてあるんだ。それで、俺は腹が立ったんだ。ヌーベル・バーグはいいんだよ。だけど、ヌーベルだったら、別に竜之助でなくても良いんじゃないかという気がしたんだ。人を殺すことも、女を犯すことにも、何んにも感じない。その人間像を通じて、ニヒリズムを描いているわけでしょう。それだったら、外の題材でやったらと思うんで、竜之助を借りないと、ヌーベルが出ないのかと。

太田 題名によりかかっているんだね。

池広 勝ちゃん(新太郎)が『不知火検校』で杉の市をやり、長谷川さんが『疵千両』で高倉調右衛門という、新しいものをやっているでしょう。そういう時に、雷ちゃんが竜之助をやるのは淋しいな。

土井 僕は、原作も読んでないし、今度のシナリオも読んでないけれど、竜之助はこういうもんだというイメージはあるわけだ。

池広 そのイメージを、雷ちゃんがどういう風に変って行くかだ。

太田 変えられるかしら。

池広 そこが問題だと思うんだ。ま、変ったものに、なるか、ならないか知らないけど今までの、時代劇の型にはまったニヒリストにはなって欲しくないわけだ。

土井 彼だったら、どんどん出せる筈なんですよ。

土井 ニヒリズムというのか、現代的だなんていうのは、もはや、ナンセンスな話でね。それを、あえて、今度、喜色満面に、言うのも、テレ臭いみたいな話でね。

太田 それこそ、残酷物語にオンブしているみたいなもんでね。

池広 今度の『大菩薩峠』は、あんまりニヒリストになってないらしいね。

土井 今まで、雷ちゃんに、机竜之助のような暗い役はないね。『薄桜記』ぐらいで。

太田 でも『薄桜記』はニヒリストとは、違うね。暗い役だけど。彼が映画界入りしたときからやりたいと言ったのが『忠直卿行状記』なんだ。この忠直も、大変暗い役でしょう。こういう、宿命的に暗い影を背負った役というのに、ひかれるというのか、魅力を感じるものが、彼自身の中にあるんじゃないの。

土井 僕は、それを『炎上』の時に、非常に感じたんだけどね。『炎上』の前に、企画室で駄べったことあるんだけど、素顔の雷ちゃんと云うのは、例えば時代劇で人を斬ってニッコリ笑うような強い人間じゃないんだ。どちらかというと弱い感じでしょう。で、企画のなにがし君に、雷ちゃんに、弱い人間というか、阿呆の役をやらせたらどうか、と言ったんだ。そしたら、今売り出し中のスターに、なんて言うことを言うのかって、おこられたけどさ、(笑)ま、その後で『炎上』があったでしょう。あの雷ちゃんのやった溝口吾市なる人間は、阿呆じゃないけど、エキセントリックと言うか、少くとも、ノーマルな人間じゃないわけだ。それを見事に彼は吾市になったわけでしょう。

池広 机竜之助をやるんだったら、一カ所も笑わないで欲しいね。徹底した、陰性の極みたいなのをやってほしいな。人を斬って、ニタリと笑うニヒリストじゃいやだね。

土井 雷ちゃんのやる竜之助に、ヌーベルニヒリストといったようなものを期待するというわけだろう。雷ちゃんがやる以上は。