曳船に乗って船長の操舵ぶりをみつめる彼です

隅田川(すみだがわ)は、東京都北区の新岩淵水門で荒川から分岐し、新河岸川・石神井川・神田川・日本橋川などの支流河川を合わせ、東京湾に注ぐ全長23.5kmの一級河川である。古くは墨田川、角田川とも書いた。

佃島渡船の碑

 隅田川岸には昭和二年建立の佃島渡船碑がある。ここから対岸築地明石町の間を昭和三十九年(1964)の佃大橋完成までは渡船が無料で運行していた。
 渡船場には屋根付浮き桟橋(ポンツーン)があり、船は東京都のマークの付いた高い黒塗り煙突の古風なスチームを持ち、レシプロエンジンのタグボートが吃水の低い客室バージ(艀)を曳航して手を伸ばせば川面に届くような楽し
いものだった。

佃島渡船場は隅田川河口にできた自然の寄洲(よりす)が佃島で、江戸幕府の徳川家康(とくがわ・いえやす、1543-1616)の時代に、摂津国佃村(現大阪市西淀川区)の漁民を住まわせ、1645年に佃島と対岸の船松町(佃大橋西詰付近)との間に渡し船を通らせた。

 1876年に渡し銭「ひとり5厘」の掲示札が許可されたとあり、1926年に東京市の運営に移り、1927年に無料の渡船となり、「佃島渡船」の石碑は、手こぎ渡船を廃止した記念として、この時期に建てられた。

 1955年に1日70往復もあったが、1964年8月に「佃大橋」が完成すると佃島渡船は廃止された。「佃島渡船場跡」は渡船の歴史を記念する史跡として建てられ、中央区民文化財に登録されている。