名作、大作、ヒット作はお呼びじゃない。噛めば噛むほど味の出る映画、それがするめ映画。映画好きの偏愛が炸裂する対談&鼎談集。ゲストは、和田誠、村上春樹、都築響一、中野翠、リリー・フランキー、安西水丸、川本三郎、糸井重里。

雷蔵のクールな魅力

 

都築 ただ、今回は市川雷蔵の映画を観よう、というのは、最初から吉本さんの指定だったんですよ。

吉本 雷蔵が好きだから久しぶりに何か観たかったの、現代劇のエリート・サラリーマン役なんかも、ものすごく怖くて良かったんだけどね。

都築 市川雷蔵には、現代劇は現代劇でまた別の魅力があるよね。『ある殺し屋』とか『陸軍中野学校』のシリーズの仕官役とかものすごくいいんだよね。

吉本 ニヒルで冷たい感じがほかにない特別な役者さん。怖くてきれいで。

都築 歌舞伎界の出身だから、今の俳優とは全然違う。顔立ちがいかにも歌舞伎役者っていう感じだし、演技もほかとは違っていて、見得をきっているような動作が似合う。

吉本 現代劇に出ていても、ふと振り返ったような型が本当に決っている。歌舞伎で培い、自分で磨き上げた独特の形、それがまたほかの俳優とは一味も二味も違っているのよ。

都築 この人は歌舞伎から出たといっても、歌舞伎俳優家の出自ではないし、養子先もその世界の主流ではなく、傍流だったわけ。だから、歌舞伎界で注目はされたとしても、絶対にメインになれないことが決まっていた。ずっと脇役であることが、もともと運命づけられていたわけでしょう。

吉本 歌舞伎界は階級制度だから。

都築 だから、常にちょっと冷たい感じが見えているというと、話は単純すぎるんだけれどさ。

吉本 他の主演クラスの俳優が冷たい役をやっていても、なんか裏に温かいものが見えてしまうことがあるけれど、雷さまにはそれがない。もう一切とことんクールっていう。

都築 『中野学校』シリーズでも敵方のスパイの女とできちゃうわけじゃない。そこで愛を取るか任務を取るか − むろん任務を取って、相手を殺してしまうわけだけれど、それを歎き悲しむというよりは任務終了、一件落着という感じだもんね。

吉本 もし(高倉)健さんだったら、背中が泣いていたりするんだろうけど、この人はしないのよ。その辺も貴重な存在だったし、今はそういうふうに演じられる人はいないわねぇ。でも、実際の人柄はそうじゃなかったのよね。

都築 やさしい家庭人で、妻子のことは絶対に表に出さなかった。で、化粧がすごくうまかったって誰かが書いているのを読んだことがあるし、素顔でいると関係者がすれ違っても分からなかったって。歌舞伎で鍛えられたものなのか分からないけど。メイクに関しては天才的だったらしいよ。

吉本 役作りの練習に、京都鴨川沿いの馴染みのご飯屋さんの二階の部屋を使っていたらしい。直に聞いたんだけれど、そこのご主人が言うに「店先を行ったり来たりしてはっても、誰も分からしまへん」もともときれいな顔だけれど、化粧をしていないときはそこらへんのサラリーマンというか、銀行に勤めている人みたいに見えていたんだって。きっとツーンとした黒縁の眼鏡が似合っていただんよ−。素敵よねぇ。

都築 俳優としてじゃなくて、単に憧れの男ってこと?

吉本 憧れというよりも、まさしくクールビューティー、他になかなかいない貴重な存在として、好奇心というか興味があったってことよ。素敵だと思うのは滅多にいないからで、こういう人がいっぱいいたら嫌な世の中ねって思うわよ。油断できなくなるじゃない。

都築 やはり周りにはいない?

吉本 ひどい男はいたけれど、心底冷たいっていうか、冷たさを貫き通せるような意志の強い男はいませんでしたね。

都築 ひどいと冷たいって、それはどう違うわけ?

吉本 一言では言えないけど・・・ひどいには暑苦しい感じの身勝手があるの。もちろん冷たいも身勝手だけれど、そこに美があるかどうか、ということかしらね、違いは。

都築 それ、結局ルックスでしょう。まあ、だから冷たさという、ワンパターンといえばワンパターンかもしれないけれど、それが本当にきれいにはなっていたんだよね。勝新(太郎)みたいにいろんなスタイルを演わけていた感じじゃない。現代劇を演じても、時代劇を演じても「ああ市川雷蔵だ」という感じ。彼は眠狂四郎としてではなく、たぶん市川雷蔵として見られていたと思う。それは、ある意味ではAクラスの演技者じゃないかもしれないけど、最高のBクラスの演技者かもしれないと思うよ。役ごとに人格が変って見えるんじゃなくて、ある人格、ある人格、そのすべてが完璧っていうところが、僕は好きだねぇ。

吉本 だから毎日大変だったろうと思うのよ。疲れていてもダラーッとなんてできない。常に、常に雷蔵を演じているから、プライベートなときでも、やっぱり自分の形を貫いて演じていたんじゃないかと思う。

都築 喜劇の『ぼんち』でも、やっぱりお笑いではなく、結局、クールなかんじがあるもんね。この人は、自分にはこういうキャラが合っている、ということを見抜いた頭のよさがあったんだね。

吉本 勝新や(石原)裕次郎みたいな人気とは中が違うとは思うけれど、三十七歳で亡くなるまでに映画を150本以上も残しているなんてすごすぎる、信じられない仕事ぶりだわ。

都築 逆に言えば、この時代は、それだけに撮ることができた映画全盛の時代だったということだよね。

吉本 亡くなった当時は私も若かったから、「ガンって中年の病気なんだ」なんて思った記憶があるけれど、今考えるとあまりにも早世だったね。