名作、大作、ヒット作はお呼びじゃない。噛めば噛むほど味の出る映画、それがするめ映画。映画好きの偏愛が炸裂する対談&鼎談集。ゲストは、和田誠、村上春樹、都築響一、中野翠、リリー・フランキー、安西水丸、川本三郎、糸井重里。

日本映画隆盛の名残

都築 市川雷蔵と緑魔子のほかにも、『人肌蜘蛛』には気になる出演者がいたでしょう。

吉本 狂四郎と同じ黒ミサで生まれた薬師寺兵吾役の寺田農は、怖いほど若くて、しばらく彼とは分からなかった。殿様役の川津祐介はすぐに分かったけど。

都築 なんかみんな生き生きしているよね。「変な役やれて楽しい」みたいな感じが出ているでしょう。それに、脇役の女の人たちが異常に色っぽい。

吉本 当時の大映映画に出ている女優さんは、大人の色っぽさがある人が多いわね。東宝の女優さんなんかだと、みんな華やかでお洒落な感じがするんだけれど、大映のほうは一見、地味目に横にいるタイプながら、よく見るとボリューム感がたっぷりで・・・。

都築 なんか色んなことを教えてくれそうな感じだしさ。当時は映画会社によってカラーがすごくはっきりしていたわけ。今はそんなのなくなっちゃったけれど、僕は大映によって育てられたといっても過言じゃない。この映画も脇役クラスの女の人たちが素晴らしいと思いますね。頭巾の女役の三木本賀代さんとか、須磨という女役の三条魔子さんとかは、大映の大部屋女優だったんですね。彼女たちの多くは大映の倒産とともに現場を離れて、みんなどこかに行っちゃったか分からないんです。それにしても、なんでこういう大人の色気っていう感じの女の人が世の中に少なくなってきたんだろう?

吉本 今の世の中が若い子ばっかり見ているからよ。しかも若い子はどんどん子供返りしていて、みんなものすごく幼くなっている。二十歳であろうと少女キャラ。三十だろうとギャルとか言って、

都築 若い男の子にこの成熟した大人の女のよさっていうのを植え付けなきゃ駄目なわけじゃん。このまんま行くと人生狂っちゃうな、と思いながら行っちゃうみたいな。でも、実は僕自身もこういう映画は、全然リアルタイムでは観ていないんですよ。まだ中学生の頃だから。

吉本 こんなのを観ていたら親は不安よ。捕まっちゃうでしょう。

都築 浪人時代にこういう変わった日本のB級映画を専門にやっている映画館に通って、自分よりちょっと上の世代の日本映画を集中的に観たんだよね。当時は昔の映画なんか、名作を除けば一番馬鹿にされていた時代だったわけよ。黒澤がいいとか、溝口(健二)がいいとか、それにかからないものは全部捨てられていたんだけれど、その中から知られざる名作を発掘する映画館があったことが、僕にとってすごくよかった。こんな格好いいものがあったんだ、って驚きだったもん。今は、そんな志のある映画館も少なくなったよね。

吉本 その代わりにDVDにはなるでしょう。

都築 でも、すぐに廃盤になっちゃうから、僕はもはや猛烈に買っていますよ。今なら『眠狂四郎』シリーズは、レンタルもあるから本当にまとめて観ておいたほうがいい。

吉本 全部、観たの?

都築 借りたんじゃなく、全部持っているの。一応、シリーズの最初からのお決まりの円月殺法だって、一周するのは誰も見たことがないものなんだよ。ただ上のほうにくると刀に太陽が反射してまぶしい、というだけの漫画みたいなものじゃん。それで映画を十二本も作れたところがすごい。

吉本 筋もぜんぜん作りこまれていないんでしょう?

都築 そう。だから、やっぱりキャラの魅力なんだよ。市川雷蔵本人もそうだし、脇役もみーんないい顔揃いで、しかもエロあり、グロありでさ。

吉本 始まってすぐに墓守のおじさんが登場して、変な殿やら姫が出てきて、これはいったい何なのか分からないまま奇妙な世界に引き込んでいくのがうまい。そういう意味ではいい映画よ。全然飽きさせないし。

都築 だから、これは完璧なエンターテインメント、完璧な娯楽作品なわけ。昔は映画は二本立てで、たぶんこっちのほうがメインだと思うけれど、もう一本が必ずついていたんだろうね。ただ、やっぱり家族で観に行ける映画じゃないけれどさ。

吉本 子どもを連れて行ったら大変ね。お父さんこの人たち蚊帳の中で何してんの、チャンバラ?って聞かれたらごまかすしかないでしょう。

都築 お茶の間のテレビでやられても困る(笑)。急いでみんな下向いてご飯を食べる、っていう機会がやたら増えちゃうことになる。やっぱり大人の世界なわけですよ。黒澤だったら安心して家族全員で観られるわけだけど、安心できない、っていうところがいい。

吉本 東映の時代劇もやたら斬り捲くっていたけれど、親は安心できたからね。でも、時代劇の全盛期というと、もっと前の大川橋蔵とか、中村錦之助の時代になるわね。

都築 この頃、日本映画はすでにテレビに押されているわけじゃない。雷蔵の死後は、映画会社もどんどん縮小され、内容もテレビ向けになっちゃうわけだから、やっぱり、これは全盛期の時代劇の作り方では全然ないと思うよ。

吉本 全盛期の時代劇って、本当に家族全員で観られたのよね。余計な枝葉はまったく入っていなくて、とにかく悪い奴を斬るぞ、という。

都築 それが斜陽になって、せめて裸を出して、オヤジを来させようとか、いろいろと小細工に走った最後の頃の映画が『人肌蜘蛛』になるわけ。これも通用しなくなって、ロマンポルノになってしまうともう終わった、という感じになるでしょう。その点を読者の方にも思い出しながら観てもらえると、余計に楽しくなるかもね。

吉本 この映画が作られたのが、そんな斜陽に差しかかっていた時期であったとしても、今作られているものに比べると、毅然としてます。

都築 斜陽ということは、まだベストのメンバーが残っているっていうこと。照明にしても、舞台装置にしても、三十年前、四十年前のほうがはるかにいい。やっぱり世間から受けないものでも地道に守り抜くため、僕たちみたいな金のない一部のマニアが細々と集めているわけで、何とかこの世界を皆さんに観ていただきたいものだ、という感じです。

(10/30/10 文藝春秋社刊)