市川雷蔵に思う
そういう星の下に生まれた人なんだ

大映映画は、小さい頃父親に連れられて見てました。雷蔵は、『忍びの者』ではやたらしゃべっているけれど、『陸軍中野学校』は無口。黙っている雷蔵は、無機質で不気味でしたね。『安珍と清姫』でやってるお坊さんの役もそうだけど、ああいう耐えてる男をやるといいですねえ。何かすごく淫靡な、スケベな感じがする。当時の大映の女優さんて、もともとちょっと淫靡な感じだけど、雷蔵と並ぶと一層そういう空気が出ちゃう。だから小さい頃、大映っていうと、いやらしい映画っていうイメージがあった。それに、僕が住んでいた横浜は大映の映画館が、町外れの路地裏にあったから、雰囲気が盛り上がって、余計淫靡に思えたんです。

僕は入れ込む芝居が苦手なんですけど、そういう芝居をする割にクールな雷蔵って面白いと思う。自分をわかってるんですね。あの表情から醸し出されるものをみると、やっぱりこの人はそういう星の下に生まれた人なんだと。『陸軍中野学校』で、黒いスーツを着ただけで圧倒的な雰囲気を醸し出す。今、あんな風に役を演じられる人はいませんね。撮影に入ると普段とコロッと変わるらしいけど、僕なんか、普段も芝居も一緒です(笑)。

雷蔵は素顔は独特の一重瞼で、町を歩いていたら地味で全然わからなそうだけど、ものすごくスクリーン映えのする人。無趣味で普段は何もしないのに、映画の打ち合わせの時だけは燃えるところなんか、好きだなあ。でも、こういう話は伝説化してるから、あんなこと言ってるって今頃笑っているんじゃないですか(笑)。

僕は根っから、俳優になりたい、それも映画俳優になりたいと思ってました(笑)。スクリーンに映ってみたかったんですね。映画俳優になるには舞台もやっておかなければ、と舞台もやった。舞台は時間を維持する作業だから、そういうことをやっておかないと、芝居が平板になるんじゃないかとね(笑)。雷蔵は歌舞伎の出身ですけど、芝居の集中力をうまく映画に生かしている。僕なんか、未だに自分の芝居のペースがわからないですよ。わからないからやってるんですけどね。役者ってふっ切れないことばかりです。

驚いちゃいけません。今、僕はどんどん企画を出しているところなんですよ(笑)。視聴率のいいテレビなんか見てても、何が受けているのかわからないから、自分が好きなものをやるしかない。この仕事を続けて来て出会った人たちと、お互いに刺激し合っていくことでいいものを生むんだとね。石井隆さん、周防正行さん、岩松了さんなど、今僕にとって大事な人たちにこんな作品はどうだ、共演する俳優さんも、男女を問わず、この人と組んだら面白いかもしれない、とかね。

僕は皆が映画作りに参加して、スタッフも役者も一緒に考えることが大事だと思ってます。なんか学校みたいだけど。で、どんどん映画を撮って恥をかく。恥をかかないと先に進めないじゃないですか。

雷蔵さんのいた時代は、劇場に足を運ばせるだけのスターがいたわけだけど、今はテレビでスターが見られる時代、映画そのものを盛り上げていかないと。(キネマ旬報94年8月上旬号/特別企画RAIZO 粋・市川雷蔵より)