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 野球に例をとれば、雷蔵は好打者である。スターの中には、内角高目の直球でないと打てないというような人が案外多いが、雷蔵君はどんな球でも、右に左に打ち分ける。雷蔵君のシナリオは書き易い。それは、此方がどんな球を投げても、それをヒットにするコツを彼が知っているからである。

 雷蔵君とはデビュー作品の『花の白虎隊』から最近の『弁天小僧』や、『濡れ髪三度笠』を含めて、随分沢山の作品をつき合ったが、この『忠直卿行状記』は一番の適役ではあるまいか。雷蔵君には天性の気品がある。その気品が今度は随分プラスになることと思う。

 ただ僕の一抹の不安は、雷蔵君の理性が、忠直卿のように迷い切れるか?という点にある。雷蔵君なら、この忠直のように疑い、迷い、悩む迄に、構えを立て直しそうに見える。尤も、そこに演技というものが有る訳だから、近来、愈々練磨されて来た彼の演技力が充分に、その点をカバーしてくれるだろう。

 とに角『忠直卿』のような、従来難しいとされていたものを敢えて取上げるようになったのは時代映画界にとって、喜ばしいことだ。