それはさておいて、このお話のある前に福井へロケに行ったときのことでした。霙の降る寒い撮影でしたが、仕事が終わり宿にくつろぐひとときは、何もかも忘れる時間で、若旦那は麻雀が好きで、ロケのときにはパイだけは絶対に忘れられない必需品だったのですが、その夜も部屋で麻雀が始まり、私は仕度をすませたあとは、別に用事のないまま、ハネを伸ばそうと他の部屋へ入りこみ、いい御機嫌になり、昼の疲れと重なってぐっすり寝こんでしまったのです。夜中にふと目が覚めて、あわてて部屋へ帰ってみると、麻雀台からお湯呑みに至るまで部屋の片隅にかたずけて、私の分まで蒲団が敷いてあるのにびっくりしました。女中さんには、私が後で蒲団を敷くからといっておいたので、若旦那しかやる人がいないのです。どうしようと思っても後の祭り、そおっと寝床にもぐろうとすると、「今じぶんまでどこいってたの」「すみません、よその部屋でうっかり寝てしまいましたんや」「どうりでなんぼ呼んでも帰ってきいひん思うた、蒲団ひいといたよ」。あの時ほど恐縮したことはありません。

 この映画も大変なスケジュールの撮影で、それも、若旦那の結婚式までに完成しないと駄目ということで、毎晩のように徹夜が続きました。それでも私は若旦那のそばでは、いつも立っていましたが、「おせきさん、疲れるから座ってなさい」と気をつかってくださったことが、本当に身にしみてうれしく思いました。やっと徹夜の続きの撮影が終わり、スタッフの皆さんからお祝いの言葉を聞きながら帰宅、新婚旅行の荷物も何もしていないまま、二人で大騒動して大体の仕度ができると、「おせきさん、後は女中さんにまかして、あんた早よう自分の服に着替えに帰り、車で寄ってあげるから」といわれて、急いで着替えに帰り、飛行機の飛びたつぎりぎりに間に合うしまつで、中ではぐっすり寝てしまい、若旦那に起されて気がついたときは羽田に着いていました。ふと膝の上に目をやるとサンドイッチの箱がのせてありました。

撮影所のみんなが祝ってくれました!

 無事に結婚式も終わり、新婚旅行もすませて、鳴滝の家は奥様を迎え、本当に明るくなりました。奥様の着物も若旦那がお見立てになり、「今日はこの着物がいい、帯はこれにしなさい」と、ほんとにやさしくなさいました。私が奥様の着物の着付け、帯をしめるのをじっと見ながら、大き過ぎるとかいろいろ注文をつけたり、「ああ結構です。きれいやこと」とか、よく奥様をからかっておられました。

 それから、ロケなどへ行っても、二人で食事していると、「やっぱり家の料理はおいしいね、宿屋のは美しいけどアジがないな」と、よくいわれました。(筆者・付人)