女の立場は弱いと若尾文子

 ところで、この種の噂によって傷つくのは、女性だと雷蔵はいった。雷蔵の相手役として噂の渦中に立った、そのひと若尾文子の意見はどうだろか。

「嫌だなあ、またそんな噂があるんですってね」

 大映京都撮影所のこれも女優部屋で、若尾文子はそういってすわりなおす。セットは夕刻からとあって、浴衣姿に“かつら”の下地である羽二重を頭に巻いたままの姿が、爽やかな女ぶりをのぞかせて匂うように美しい。

「私、困るわ。そういう噂が出るでしょ、とても演りにくくなっちゃうの。だからね、こんどなんか、なるべくお仕事以外には、雷蔵さんとお話もしないようにしているのよ」

 と、意外にこれは噂に対してキツイ心構えを吐露する。

「私ね、雷蔵さんてある一面でとても尊敬しているのよ。雷蔵さんを見ていると、時々ふっと思うの。俳優ってなるほど雷蔵さんみたいに、ある面で徹してなければいけないんだなア」 

「雷蔵さんてそういう意味での、しんからの俳優さんだと思う。そして私はまだまだ」ともつけ加える。

「そりゃ私だって女ですものね。いつかは誰かと結婚するでしょうね。でもね、こういう噂をされると女は弱いわ。だって自分の知らないところで、そういう変な実績ができてしまう−いざ誰かと結婚という時になって、それが邪魔しやしなか、そんなことも考えるわ」

 と、若尾文子は素直に女としての告白をつづけるのだった。

「大町陽一郎さんんとは・・・?」

 と聞くと、これも言下に、

「去年のことね。ドイツでいろいろとお世話になったのよ。なにしろ私ってドイツ語も喋れないし、とてもいい方でね、どっちかといったら直情的な性格の方で、私ってわがままな性格でしょう。だから喧嘩もしたけど、お世話をかけたし、帰国されるというので羽田にお迎えにいったのよ。それがいけなかったのね。でもこれは世の中の儀礼だと思うわ。浮世の義理人情−。いちいち世間に対してこれこれの事情で羽田までお迎えにきたんですって、説明して歩くわけにもいかないし、本当に困っちゃったな」

 と、首をかしげて笑う。笑うとえくぼができて、映画界の十年選手とは思えない、愛らしい顔になる若尾文子だ。

頼れる人が欲しいという心境

 その若尾文子がこんどの『安珍と清姫』では、時代色豊かな衣裳を身にまとっているが、妖しく美しい清姫のお色気を出すために、大きく開けた胸元の地肌にはなんいもつけていない、という張り切りようを見せている。最近若尾文子の女優としての評価が、各方面から高いが、たしかに若尾文子はその女ぶりといい、女優としての心構えといい、華やかに匂う闘志が見られるきょうこの頃だ。この美貌の女優は、いったいどんな男性と結ばれることになるのだろうか。

 ふっとそう思った時、目の前の若尾文子が膝をくずしながら、ぽつんというのだった。

「私ね、最近すごく淋しくなるときがあるのよ。一体、私はなんのために生きているのかってね。とにかく朝から晩まで忙しい。自分の時間て、まあないわね。そんなことをあれやこれや考えると、正直な話、誰か頼れる人がいたらなあ、そんな人が欲しいなって思うときがあるのよ。だから私、三十までには結婚したいな」

 若尾文子はそういって、鏡の中の自分の顔を見つめた。細っそりした白い襟首が、ういういしく動いて、うぶ毛が風に揺れるような風情の、この人気女優は、そしてもう一度にっこりとふり返っていうのだった。

「だから、雷蔵さんとのことは噂よ。私がそうなるなんてことは絶対にないわ」