歌とせりふ

八尋: 本郷君なんか、雷ちゃんの演技なんか見ていて、参考になったこと、具体的になんかあるんじゃない。

本郷: 僕は最初から、習いっぱなしですが、素人から入って来て、一番気になったのは、やっぱり声の出し方ですね。勉強になったのは。

市川: そういうのは、やっぱり歌舞伎に居たことなのでしょうね。舞台にいて知らず知らずのうちに、学んでいるんでしょうな。発声法とかをね。

中村: 私は、あまり息がつづかないんです。そこまで云いたくても云えないようなことありますわ。

市川: これだけはありがたかったですな。一ヶ月芝居をしててもね。二十八日間、別にマイク使うわけでもないのに、声もあんまり悪くならずにやれたというのは、やっぱり芝居やっていたせいなんでしょうね。声の修練の仕方はいろいろありますから、どれが向くか人によって違うでしょうが、僕はやっぱり義太夫ですね、義太夫を習ったということと、歌舞伎時代に職業柄舞台で大きい声を出しているということの両方が、プラスしてたんですね。

八尋: 音楽は子供の時から好きなの。

市川: 好きですね、自分ではやりませんけど。

八尋: 音痴じゃないんだね。

市川: 音痴というところまで行かないけど、人みたいに、簡単に流行歌覚えたりして口ずさむわけには行きませんね。流行歌に興味ないことも手伝っているけれども、玉緒ちゃんはよく歌うたうね。この人の家は音痴の系統なんだけど。(笑)

中村: 私も、声悪いんです。

市川: あ、本郷君の前では、音楽とか、声楽とか、えらそうに言えないんです。この人は大家なんです。今や映画俳優以上にね。

本郷: また口の悪いのが始まった。(笑)

中村: 云い返さないの。(笑)

市川: 本郷君はやっぱり、環境のせいですよ、習わぬ小僧の口ですよ。叔母さんたちが、二期会とかで、音楽の教師だろう。何処の教師やった?

本郷: いま芸術大学です。

八尋: 器楽の方なの。

本郷: 声楽の方です。それで家でお弟子さんのうたうの毎日きいていたんですよ。だから、声の良しあしとかはわかるんです。クラシックですけどね。

市川: だから、本格派ですわ、音楽は。

八尋: 映画で歌ったことないの。

市川: 現代劇の方で、二三吹きこんでますよ。

本郷: でも、あれ無茶苦茶だった。だって、譜を見て、吹きこむまで、四十分しかないもの、おまけに、その日は、セットでテストが多くて、その上風邪を引いて、熱があって扁桃腺がはれたので結局、本番O・Kがなかったんだもの。N・Gばっかりつなぎ合わせて、市販したんです。

市川: 困ったもんだね。そういうことは扁桃腺がはれたとか、稽古するひまなかったとか、お客さん一向に御承知じゃないですからね。そんな事情を一々、タイトルに出すわけじゃないし、お客さんは何も知らないで百何十円出して見てるんですからね。そういうこと言っちゃあかんな。

八尋: そういうところが、雷ちゃんは、はっきり割り切ってるんだな。これが本当に現代的な俳優さんですよ。

本郷: そうですね。だから、そういういいかげんなことやめたんです。(笑)二度と吹きこまない。

市川: 本当はあんまり売れなかったんだろう。(笑)

中村: 大体そういうことですよ。雷蔵さんの口の悪いというのは。(笑)

八尋: しかし本郷君、なかなか声量もありそうだね。

市川: せりふと、歌の発声法とは違うらしいですね。

本郷: そりゃそうですよ、僕でもね、歌をうたえと云ったら、声は出ますよ。だけどせりふになったら、声が出ないんですよ。

市川: どういうわけなんでしょうね。本郷君はふつうのせりふを云うと年中鼻声みたいなね。なんか、もごもごいうてるみたいな、感じだ。

八尋: そうね。せりふになんか切れ味みたいのないわね。

市川: 「濡れ髪三度笠」の役は、本当に本郷君でなければ出来んような役でね。あれでいいのだけど、これから俳優としてやって行くには、何んか自分なりなものを作っていかんならんと思うね。

本郷: もし、今度ああいう役をやるとしても、あれと同じのは出来ませんしね。

市川: 出来ないけど、出来たものは同じもんだということだろう。(笑)