せりふを覚える信念

本郷: 僕ね、雷蔵さん見てて、これだけは真似出来ないと思うことはね。人の前で、台本読んだり、憶えたりしてるの見たことないことです。

中村: そうですね。

本郷: あれだけは真似出来ませんね。というのは、どこで読むのか知らないけど、それだけ自分だけの、しっかりした時間を、もっているということですね。

八尋: それはたしかにそうだ。

本郷: やっぱり、すごく立派な信念だと思うな。

中村: ほんとね。

本郷: 僕なんか、大体憶えたと思っても、会社に行く車の中なり、セットの中なりで見ますね。

八尋: だから、雷ちゃんは、玉緒ちゃんにも文句を云うんだよ。覚えて来ないと。(笑)

中村: ええ、一昨年の暮かに撮った「花太郎呪文」の時、雷蔵さんにセリフ覚えてないって言われて泣いちゃった。

市川: 女の子はすぐ泣くんだから。(笑)

中村: それからすっかり覚えて行くようになった。(笑)始めにちゃんと覚えておけば、一週間経っても、浮かんでくる。

本郷: あれは、間際になって一生懸命やっても覚えられない。

市川: うん、あかんな。

本郷: 余裕をもって読めば、普通に読むぐらいでも頭に入ってるんですがね。不思議なもんだな。

市川: 自分のせりふを、早く覚えておかないと、人のせりふがわかりませんからね。

中村: そこまで、なかなか行きませんわ。

市川: 自分のせりふを云うのに一ぱいだからね。自分のせりふを早く覚えて、今度、人のせりふをじっと聞いてて、その間に芝居するということだからね。

本郷: 僕なんか、自分のせりふも半分位が精一杯なんだから。馴れないころ、撮影現場で号外(脚本訂正)をもらって。せりふを覚えるというの、一番困った。

中村: つい、最初に覚えたのが出て来てね。

市川: あれ、意味さえあっておれば、少々間違っても、よろしいという監督さんもいますし、やかましく云うひとも居ますしね。号外というのか、その時になって、脚本が変って覚えるというの、溝口組(健二監督)の「新平家物語」でようやりましたな。毎朝、黒板に変った個所が書いてあるんです。字がきれいで読みやすかったけど、下手くそな字で書かれたら覚えられんよ。

本郷: 僕、本当にあれいやだ。

市川: その代り溝口組は、一シーン、一カットぐらいで、午前中はそれでせりふ覚えて、テストしてればいいんだからね。(笑)覚える間はありますよね。途端に変るわ、それ本番じゃとてもやっておられんけど。