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永遠の「今」を生きる男 

世代を超えた市川雷蔵の魅力

 1950年代から60年代にかけては、歌舞伎出身の映画スターたちが大活躍をしていた時期である。長谷川一夫に大川橋蔵、萬屋錦之介といった名優たちは、日本映画史にその名を残し、この世を去っていった。しかしそうした中で、死してなお「伝説」となることを拒み、現役の人気役者であり続けている存在がいる。それが市川雷蔵だ。その人気は世代を超え、今も新たなファンを生み出しているという。 

 パイオニアLDCは今年の春に期間限定生産商品として、市川雷蔵の当たり役「眠狂四郎」シリーズのDVDボックス(数枚のDVDをセットにした商品)を発売した。一般的にDVDボックスは、どちらかというとコレクター向けで、大量に生産されるものではない。しかしこれが当初の予想を超える売れ行きで、同社では追加生産に踏み切った。同社の
担当者も「DVDボックス、それも日本の古い映画を題材にしたものでは異例ともいえるほどのヒット」と話す。しかも今回はビデオカセットの発売はなくDVDのみ。高齢者にファンが多いことを考えると、そのヒットはますます異例ということになる。 

 市川雷蔵は1931年に生まれ、15歳で歌舞伎の世界に入り、23歳で映画デビュー。1969年、37歳という若さでこの世を去るまでに150本を超す映画に出演した。その人気は没後30年以上が経過した現在も衰えることはなく、毎年数多くの上映会が企画され、多くのファンがつめかけている。その人気の秘密はどこにあるのだろうか。 

 市川雷蔵ファンの集い「朗雷会」を主宰する石川よし子さんは、その魅力の一端を「常に新しさを感じさせてくれる」と表現する。「当時はもちろん、今見ても、そしておそらく未来に見ても、雷蔵さんは新鮮な感覚を与えてくれる。表面的に新しさを打ち出すのではなく、見る人の内側にある『新しい』と感じる気持ちを刺激するんです。きっと、それは雷蔵さんがいつも、未来を見据えて演技をしていたからではないでしょうか。だからその作品は古くならない。永遠に『今』であり続けるんです」 

 二枚目であることはもちろんだが、ルックスだけでいえばその上をいく美形の俳優は少なくない。また、演技もその名前の大仰さとは反対に静かで、どちらかといえば自然体の演技だ。それでいて強烈な印象を残す不思議な魅力を市川雷蔵はかもし出す。朗雷会の松岡恵子さんは「雷蔵さんは、歌舞伎仕込みの様式美を見せたかと思うと、ふっとそれを逆手にとってみたり、男っぽさを前面に出してきたかと思うと妖艶(ようえん)な雰囲気をただよわせたり、と両極端な側面を次々に見せてくれる。それにほんろうされていくうちに、どんどんその魅力に引き込まれてしまいます」と話す。

 これは、代表作「眠狂四郎」を見ると理解しやすいかもしれない。「ニヒル」という言葉を絵に描いたような孤高の剣士・眠狂四郎は、世の中のことなど関係ない、という顔をしながら、半ばおせっかいで他人のいざこざにまきこまれていったり、冷徹なふるまいをしたかと思うと妙に情に厚かったりと、どうも一筋縄ではいかないキャラクターだ。有名な見せ場「円月殺法」のシーンでは、スローモーションのような動きで剣が円を描き、見る側の緊張感が最高潮に達したところでハイスピードでその剣を振り下ろす。その「静」と「動」との変わり様が、この複雑な主人公の内面までを見事に描き出す。 

 市川雷蔵の格好よさを表現するのは、実に難しい。「イケメン」でもなければ「しょうゆ顔」だけでもない。無理に今ふうの言葉を使えば、全体の空気で人を引き付けるから「元祖フェロモン男優」か。それもちょっと違う。市川雷蔵は、市川雷蔵だから格好いい。そうとしか言いようがないのである。(日本経済新聞 NIKKEI NET ウィークエンド版 特集&ニュース 2003年9月26日より)