剣豪には三船敏郎とか市川右太衛門とか、見るからに強そうなタイプがある。全身に気があふれていて、強くて当り前と誰もが期待する。

 市川雷蔵の眠狂四郎はその対極に位置する剣豪だと思う。水のような無の境地にあって揮う「円月殺法」は、他の誰よりも見事だった。

 それは雷蔵と眠狂四郎のキャラクターが豁然とするところなく一致したせいだろう。見せかけだけのニヒリズムではなく、非情な中に優しさ、男のダンディズムがあり、気品と妖しい魅力がある。これは雷蔵というスターの知性とか現代的感覚によるものだ。

 「円月殺法」は、剣を地ずり下段に構えて円を描き、その円を描き切るまで持ちこたえた相手はいないユニークな剣法だ。円を描くことで相手を眩惑し、誘い込む一種の催眠的な魔力があると見ていい。だが文章ではいえても映像表現では難しく、雷蔵の場合、ストロボ撮影で刀の動きをとらえる工夫をして、刀が十本、二十本にも見え、相手を眩惑させる効果は出たが、いささかまやかしくさくもあった。

 シリーズ第八作『眠狂四郎 無頼剣』での天知茂は狂四郎と同じ「円月殺法」で対決。これは十二本のシリーズ中最高の立回りシーンだった。この時ストロボを使わず、スーッと円を描いていたが、この方がサマになっていたように思う。「円月殺法」は机竜之助の「音無しの構え」と同じく相手が斬り込んでくるのを待つ剣だ。みずからは決して仕掛けない。雷蔵のクールさはこの待ちの剣にピッタリで、格調ある立回りを生んだ。

 雷蔵には『大殺陣 雄呂血』のような乱闘チャンバラもあるが、本質的には悲愴美をともなうリアルな立回りが合う。若山富三郎的なダイナミックに躍動する立回りとは違うもので、そこが時代劇スターとしての市川雷蔵の比類なき存在感なのだ。脚が細いので股旅ものの後ろ姿などやや頼りないが、その代わり浪人の着流し姿の美しさは抜群で、眠狂四郎が誰よりも適役という大きな理由だった。(永田哲朗)

 

(02/25/03発行 時代劇マガジン Vol2より)

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