鬼斬り若様

1955年4月20日(水)公開/1時間23分大映京都/白黒スタンダード

併映:『心に花の咲く日まで』(佐分利信/淡島千景・芥川比呂志)

製作 酒井箴
企画 浅井昭三郎
監督 安田公義
原作 村上元三「風流編笠節」
脚本 犬塚稔
撮影 今井ひろし
美術 西岡善信
照明 中岡源権
録音 奥村雅弘
音楽 上原げんと
出演 八潮悠子(百合の局)、神楽坂はんこ(花井左近)、水戸光子(おれん)、香川良介(三宅宅兵衛)、岡譲司(酒井雅楽頭)、羅門光三郎(跡見八郎太)、南条新太郎(田村右平次)、上田寛(庚申辰)、南部彰三(猿若勘三郎)、東良之助(槌屋三十郎)、尾上栄五郎(達磨左兵衛)、水原洋一(赤蛇甚五左)、原聖四郎(将軍家光)、伊達三郎(黒犬六之助)
惹句 『剣と恋の雷蔵が浴槽の姫君を抱いて暗殺団の真っ只中へ』『浴槽の姫君を狙う暗殺団、剣風まいて雷蔵の鬼斬り剣法』『湯の中には裸身の姫君旗本暗殺団の眞ッ只中に花の美剣士、雷蔵颯爽登場

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山根貞夫のお楽しみゼミナール

 『鬼斬り若様』は1955年の大映作品で、原作は村上元三の小説「風流編笠節」という。タイトルが一変していることが興味深い。この映画は市川雷蔵が単独で主演する作品としては四本目で、当時、雷蔵は“若様”イメージで売り出しの真っ最中であった。題名変更はまちがいなくその線に沿っての作戦によるものであろう。

 市川雷蔵扮する松平長七郎は時代劇の古典的ヒーローで、これまでにも多くのスターが演じてきた。たとえば林長二郎時代の長谷川一夫の主演作にズバリ『松平長七郎』(1930)という作品がある。また、市川雷蔵のあとにも、東千代之介主演の『長七郎旅日記』二部作(1959)がある。

 将軍家につながりのある貴公子が巷をさすらい悪と闘う。このパターンは“貴種流離譚”と呼ばれる物語の型で、昔から講談や舞台で庶民に親しまれてきた。大衆時代劇小説にこのパターンを踏まえたものは、無数にある。雷蔵は前作『次男坊判官』で“遠山の金さん”に扮したが、やはり同型のドラマだといえよう。松平長七郎という題材は『次男坊判官』からの連続で採用されたと思われる。

 ・・・剣と恋の雷蔵が、浴槽の姫君を抱いて、暗殺団の真ッ只中へ!

 この映画の惹句である。なんともエロチックで、色っぽい場面を想像させるが、そんなシーンは出てこない。美しい姫君が湯舟のなかで身をすくめている姿だけでも、けっこう色っぽいのだが。いまから考えると、このエロチシズムはのちの雷蔵“眠狂四郎”シリーズを先取りしているようにも見える。雷蔵時代劇にはエロチシズムが似合うということか。

 姫君役の八潮悠子は、宝塚歌劇出身で、1954年に退団して、大映東京撮影所から現代劇で映画にデビューした。これが最初の時代劇である。ところで市川雷蔵はこのとき、東京撮影所での『薔薇いくたびか』撮影掛け持ちで、東京から京都へ戻るのに初めて飛行機に乗ったという(“カメラのひまに”(キネマ倶楽部・日本映画傑作全集ビデオ解説より)

 

 

 長谷川一夫さん主演の『つばくろ笠』と市川雷蔵さん主演の『鬼斬り若様』が、大映京都撮影所でクランク中です。『地獄門』で最優秀外国映画賞と取ったとの報に、大映京都は、俄然ハリ切っています。

銀獅子賞と最優秀外国映画賞を記念する像の前で、市川雷蔵さんと勝新太郎さん

◆ 作品解説 ◆

時代劇のホープとして、驚異的な人気上昇をみせている市川雷蔵の魅力を十全に生かす企画の下に行われた映画で、村上元三の傑作小説「風流編笠節」によった。即ち、白面の貴公子、(将軍との血のつながりを持ち、無位無官)松平長七郎(市川雷蔵)が、時の権勢として江戸に暴れ捲っていた、旗本蜻蛉組を向うに廻して、剣と、美貌で人気者になっていたが、恋する女が、隠密の名の下に殺されんとするのを、箱根山中、湯の里に、これを救う、陰謀と活劇の颯爽篇で、これに、女役者、女すり等絡めて、派手に展開する時代劇である。

★配役は、上述−市川雷蔵を初めとして、東京作品に活躍の明眸、八潮悠子が、初の時代劇出演で憂愁の姫君を演じ、神楽坂はん子は女役者の役に扮して、得意の美声も聞かせる。

★これに水戸光子の女すり役、久々の岡譲司(譲二改め)、併せて、羅門光三郎、香川良介、南条新太郎、上田寛、南部彰三、東良之助、尾上栄五郎、水原良一ら、大映時代劇のベテランが競演である。(DAIEI AD BOOK NO.497より)

 

 

                 

 

 大映、安田公義監督の『鬼斬り若様』はクランク・アップを間近に控えた四月はじめ、御殿場ロケーションが行われ、富士裾野地方の美しい風景をバックに市川雷蔵、水戸光子、八潮悠子などの顔ぶれがそろったが、以下はそのロケ記の一節。

 京都からの夜の車中、ずっと降り続いていた雨が、明方ごろからやんで、御殿場駅へ降り立った時は、拭ったような好天気になっていた。駅前の旅館で準備を整え、現地雇いのエキストラ十五名を交えたロケ隊総勢九十名はバスに分乗して、長尾峠に向った。晴れた空に富士山が美しい。土地の人の話によれば、富士が顔を出したのは数十日ぶりということである。小一時間ドライブして、一行は撮影現場につく。長尾峠の手前で、はるか眼下に愛鷹山をへだてて、駿河湾が手にとるように見える。シナリオの中では乙女峠になっているのだが、実際の乙女峠は此処より東北3キロの地点にある訳になる。

 今日の撮影場面は、映画のラストシーンで、クライマックスの大殺陣の後を承けた余韻ジョウジョウたるところ。すなわちこの劇に活躍した人々が、いろいろの思いを残して、乙女峠を起点に右に左に別れて行くところである。最初のカットは、遠くに雷蔵の松平長七郎と、八潮悠子の百合が歩きながら話し合っている。手前の方に長七郎の家来宅兵衛(香川良介)と右平次(南条新太郎)がこれを見守っており、キャメラがパンすると、女役者左近(神楽坂はん子)が軽い嫉妬の面持ちで長七郎のラブ・シーンを眺めており、出発直前の女役者の一行が車や馬を止めてこれを見つめている。更にパンすると、スリの一団、そして女スリおれん(水戸光子)がやはりスネたような感じで、イライラしながら歩いている。といった手のこんだ場面である。

 テストのたびに、キャメラ位置から俳優への連絡が大変である。さていよいよキャメラが雷蔵、八潮に近づいて二人のラブ・シーンになったところ、二人の熱にあてられたのか、富士山が雲で顔をかくしはじめ、撮影は待機となった。だがこの日、安田監督はネバリにネバって予定の撮影を終了した。

 夜は宿屋で各自自由行動。松平長七郎ギミは宅兵衛、右平次、スリの三五郎(清水明)と麻雀をたたかわし、おれん姐御は殊勝にも、百合姫とともに、人形作りに没頭しているという旅の風景だった。(サンスポ・大阪版 04/16/55より)

 

 

 

 

  

 若君様・お姫様 青春対談

『鬼斬り若様』の市川雷蔵と八潮悠子

 若様役では、今や名実ともに時代劇のNo1.になった市川雷蔵の松平長七郎に、時代劇初出演で百合というお姫様になる八潮悠子とが顔を合せた大映の『鬼斬り若様』(安田公義監督)の撮影中の一休みに、雷蔵の部屋でこの若い二人の対談を聞いてみた。

雷蔵 八潮さん、時代劇初出演の感想は?

八潮 えゝ、とても大変。どうして、私なんかにこんなお姫様の役がまわって来たのかいまだに判らないですよ。京都へ来てからというもの、暇さえあると時代劇ばかり見てまわっているんです。

雷蔵 それが本当の泥縄だな。(笑)

八潮 雷蔵さんがお姫様になった方が、私よりも女らしいんじゃないかしら。ほら、この間も歩き方を教えて下さったでしょう。すっかり感心しちゃった。本当に文字通り第一歩から習っているんでは、ますます自信がなくなっちゃうわ。

雷蔵 ボクも今度の長七郎は、何しろ今までの「次男坊もの」よりずっと身分の高い若様でしょう。うっかりしていると、地の雷蔵が出てしまいそうで、気品を出すのに苦労していますよ。

八潮 でも、時代劇って楽しいですね。そりゃ、お仕度に三時間タップリかかりますけれど、自分がだんだんとお姫様らしく綺麗になって行くのを見ているのは楽しいですわ。はん子さんもそう云ってらしたけれど。

雷蔵 しかし、八潮さんの早口は相当なもんですね。

八潮 えゝ。それでとても困っているんですよ。大体時代劇では一テンポ落とさねばならないのに、お姫様なんだからもっとゆっくりセリフを云うべきなんでしょう。だから相当ゆっくり云っているつもりでも、まだ早いって、安田先生に注意されるんです。セリフが早いと、自然動作も早くなるって−。まるでコマ落しのお姫様ね。(笑)

雷蔵 まさか、そうでもないだろうけれど。

八潮 この間、セットで初めて立廻りの撮影を拝見しましたけれど、大変なんでしょうね。見ていると、とても面白いけれど。

雷蔵 立廻りは、これからまだまだありますが、重労働ですね。今度の役は何しろ立派な若様で、これまでの立廻りのように暴れまくるのではなく、品を落さぬようおっとり構えて斬って行くんですから、見た眼にはあまり動いてないようでも、却ってやりにくいですよ。まる一日も続くとヘトヘトになってしまいますね。何だったら、立廻りも勉強して帰ったらどうですか。

八潮 いいえ、今のところ、他の勉強で一ぱいなんですもの。だってそうでしょう、お茶、お琴、踊り、本当に大変ですのよ、お姫様になるのは・・・。

雷蔵 その上、温泉に浸るんだから。

八潮 いやね、こればっかりは。

雷蔵 なあに、海水浴に行ったつもりでやればいいんですよ。心臓強く・・・。

八潮 そりゃ、雷蔵さんは声だけで、高見の見物だから、呑気そうにおっしゃっていますけれど、本人の身になってごらんなさい。

雷蔵 いや、楽しみにしていますよ。

 

 

 

 『次男坊鴉』『次男坊判官』と、独自の若さと明るさと、気品のある魅力でいまや大映時代劇の新星という形容詞だけではピッタリしなくなった市川雷蔵は、いま安田公義監督の『鬼斬り若様』で、松平長七郎になって独得の若様振りで活躍中だが、以下はこの雷蔵から聞いた新作にたいする抱負である。

▽・・・松平長七郎と云えば、歌舞伎では左抜打ちで馬を斬る、馬斬り長七として有名ですが、もちろん今度は村上元三さんの新しいものですから、そんなところはありません。

▽・・・ボク自身も好きなんですが、ファン・レターを見ても、ボクの演る若い殿様に共感を持たれるのが、圧倒的に多いようです。その意味からも『鬼斬り若様』は、ボクも大いに張り切っていますから、ファンの方々も期待してほしいと思っています。もっとも、張り切るといえば、このところずっと張切りッ放しみたいなものですが・・・。

▽・・・何しろ、松平長七郎といえば、むしり姿の浪人とはいえ、将軍家光を叔父さんに持っているのですから、映画や芝居に出て来る浪人者の中では、おそらく一番身分の高い立派な浪人といえましょう。

▽・・・だからザックバランで野放図な中に、何所高貴の人らしい品格が必要ということになって来ますが、そこに普通の浪人者でない、また今までの「次男坊物」とも違ったむつかしさがあります。気品というものは、演技以前のもので、演技だけでは出ないものだけに、この点うまく出るかどうか気になります。

▽・・・立回りは、今度はふんだんにありますが、これも従来のような身体を矢鱈に動かしてやるのではなく、若様らしく落着いた剣法ですから、殺陣師の楠本君とよく相談して、自分としての独自の憲法を編み出したいものと思っています。

▽・・・恋愛の相手としては、水戸(光子)さんの女スリ、八潮(悠子)さんのお姫様、はん子(神楽坂)さんの女役者と、三人三様の色模様が絡むので、これも興味があります。

▽・・・監督の安田(公義)先生とは、二本目、先生もボクのイキをのみ込んでおられるし、ボクも先生の気持がわかって来たから、お互いに不必要な神経を使わなくてもいいだけに、大変演りいいです。とにかく、慣れるということはいいことですよ。

▽・・・ですから、先生のご指導よろしきを得て、気品のある若様がその中に自ずからかもし出すユーモラスな感じや人情といったものが、うまく描き出せれば、きっと面白いものになるだろうと思っています。 (西日本スポーツ03/30/55より)

                 

 

(写真は安田監督と打合わせ中の市川雷蔵)

 

 

◆ものがたり◆

 松平長七郎は時の将軍と従兄同士の間柄にありながら、大名にもならず無位無官、気随気儘な浪人暮しをしていた。この長七郎を護衛している屈強な侍は三宅宅兵衛と田村右平次それにまた彼の別動隊として手足のように働く女道中師のおれんと、その子分たちがいた。

 その頃、幕府の大老酒井雅楽頭の権力を笠にきて、江戸市中を我物顔に横行する旗本奴蜻蛉組の一党があり、頭領跡見八郎太は市村座の女役者花井左近に横恋慕し、強引に我意を通そうとしたが、おれんたちに妨げら、左近をとりもどされてしまった。

 その混乱の真最中に、長七郎は女歌舞伎の一行を供につれ賑やかに唄いはやしながらのりこんできた。怒りたった蜻蛉組の一人が長七郎にとびかかったが、簡単に投げとばされ、供の宅兵衛から長七郎の身分をきき、肝をつぶして尻ごみしてしまった。

 さて長七郎はおれんがすりとった八郎太の財布の中から、大老雅楽頭が恋の叶わぬ恨みから百合の局を箱根で斬れと命じた密書を発見し、百合の局救いだすために箱根に向った。これを知った八郎太は百合の局は勿論、秘密を知った長七郎をも一緒に葬りさろうと、蜻蛉組の一隊をつれてその後を追った。おれんも又、子分をひきつれて長七郎の助太刀をするために箱根に向った。

 かくて、箱根山頂で敵味方いり乱れる血斗となり、八郎太一味を倒した長七郎は、大阪に向う左近の一座に百合の局を京都まで送りとどけるように頼み、おれんたちと共に、再び江戸へと帰って行く。(平凡55年6月号より)

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◆村上元三

 1910(明治43)年朝鮮元山生まれ。1941年、青山学院中等部卒。1934年、サンデー毎日懸賞小説で選外佳作となった「利根の川霧」でデビュー。浅草の剣戟俳優・梅沢昇の脚本を書いているうち、梅沢の紹介で長谷川伸を知り、師事する。1941年には長谷川主催の雑誌・大衆文芸に掲載された、「上総風土記」で第12回直木賞受賞。

 戦後に朝日新聞夕刊に当時タブーであった剣豪小説「佐々木小次郎」を1年程掲載。大衆文学復興の旗手となる。北方もの、人物評伝もの、伝奇もの、海洋冒険もの、芸道もの、股旅もの、お家騒動ものと、多彩な作品を執筆した。代表作に「水戸黄門」「勝海舟」「次郎長三国志」など。

 1954年下半期から1989年下半期まで、30年以上の長きにわたり直木賞の選考委員を務めた。2008年現在、最長在任記録となっている。2006年4月3日、心不全のため東京都世田谷区の病院で死去。享年96。

◆松平長七郎シリーズ(富士見書房刊)

 駿河大納言長卿の遺子、三代将軍家光の甥、松平長七郎が活躍するシリーズ。「松平長七郎江戸日記」「松平長七郎東海日記」「松平長七郎京・大阪日記」「松平長七郎長崎日記」がある。

 「松平長七郎 江戸日記」は変幻五三の桐、山王死人祭、明月あづま歌、馬斬り三千両、敵討当り狂言、怪盗みだれ囃子、風流春雨剣法、鬼斬り念仏、風流編笠節からなる“松平長七郎シリーズ”の第一作。 

 駿河大納言忠長の遺子で、三代将軍家光の甥にあたる松平長七郎は三千石の捨扶持を貰って織田家で悠々と閑日月を送っている長身の貴公子である。

 黒田家の依姫と見合いの日、依姫は何者かにさらわれた。事件の裏に見え隠れする五三の桐の影。江戸八百八町を舞台に元女賊おれん等の手助けで難事件を次々と決解していく長七郎。その颯爽たる活躍が楽しいテレビ化された痛快時代小説。

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