喧嘩鴛鴦

1956年5月25日(金)公開/1時間22分大映京都/白黒スタンダード

併映:「忍者選手権試合」(安田公義/トニー谷・三田登喜子)

製作 武田一義
企画 浅井昭三郎、山崎昭郎
監督 田坂勝彦
脚本 小国英雄
撮影 武田千吉郎
美術 内藤昭
照明 島崎一二
録音 奥村雅弘
音楽 長津義司
助監督 黒田義之
スチール 浅田延之助
出演 嵯峨三智子(園姫・政吉)、阿井美千子(おけい)、大河内伝次郎(頭天堂)、小町瑠美子(真弓)、江島みどり(朱美)、春風すみれ(おみつ)、ミヤコ蝶々(お春)、南都雄二(番頭雄さん)、大美輝子(春駒)、若杉曜子(満枝)、浜世津子(浪路)、富田仲次郎(穴沢多十郎)、千葉登四男(倉地一角)
惹句 『待ちぶせる美女四十八人、追っかける暗殺団アッと驚く雷蔵の女装剣法』『四十八人の美女達と密書を狙う暗殺団に追っかけられて花の東海道に剣と恋の花咲かす痛快時代劇』『花も嵐もふみ越えて、行くが男の喧嘩旅待つは女難と剣の林』『密書を持った雷蔵を、追うは暗殺団と、女の子が四十八人東海道は剣と恋の花盛り

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山根貞夫のお楽しみゼミナール

 『喧嘩鴛鴦』は1956年の大映作品で、市川雷蔵はデビュー三年目になり、スターとしての人気が一作ごとに高まりつつあった。

・・花も嵐もふみこえて、行くが男の喧嘩旅!待つは女難と剣の林!

 この映画の惹句である。とぼけた感じで簡潔に内容を謳った名文案といえよう。1956年といえば、戦後日本映画の黄金期だが、当時どの映画会社にもこういう粋なコピーを書ける“惹句師”がひとりはいた。

 雷蔵の演じる若侍が旅の途中、つぎからつぎへ騒動のとばっちりを喰う巻き込まれ型ドラマ。嵯峨三智子とのコンビ。監督は田坂勝彦。惹句に“喧嘩旅”とあること。これらの要素からすると、『喧嘩鴛鴦』は同じ監督と主演コンビによる数ヶ月前の『又四郎喧嘩旅』を念頭に企画されたにちがいないと思われる。封切りは前者が五月、後者が一月である。

 当時の宣伝チラシによれば、この映画における雷蔵のパラリと前髪が何本か垂れた髪型は『又四郎喧嘩旅』で大好評になったものだという。名づけて“雷蔵みだし”。

 この映画では、嵯峨三智子がきりきりとした若衆姿と絢爛たる姫君姿を見せるが、大河内傳次郎のコメディ・リリーフぶりも楽しめる、どんぐり眼にドジョウ髭の三枚目は剣豪スターのイメージからは程遠いが、大河内傳次郎は戦前、国定忠治や丹下左膳の役で喝采を博したころから喜劇も演じていた。市川雷蔵とは、残念ながらこれが唯一といっていい共演作になった。

 脚本は小国英雄。戦前から明朗時代劇、道中ものを得意とするベテラン脚本家で、あるいはこの『喧嘩鴛鴦』は何かのリメークかもしれない。

 市川雷蔵はこのあと八月に『弥次喜多道中』があるように、明朗時代劇路線が本格的に始まる。それとも関係するのか、宣伝チラシによれば、『喧嘩鴛鴦』の菅原ツヅ子の主題歌レコードには、雷蔵の台詞が入る予定となっているが、実際はどうなのか。(キネマ倶楽部・日本映画傑作全集ビデオ解説より)

(可美なり会誌7号より)

 

★ 作品解説 ★

☆これは東海道五十三次を四十八人の女難と、刺客団に追いかけられて、剣と恋の花咲かす雷蔵得意の明朗時代劇。

☆脚本はベテラン小国英雄、監督は新鋭の田坂勝彦、撮影は好調武田千吉郎が担当。

☆出演者は、市川雷蔵と、そのおしどりコンビ嵯峨三智子が、男装とお姫様の鮮やかな二役を見せ、易者頭天堂には大河内伝次郎が「死美人風呂」に次ぐユニークな三枚目役で出演、更に雷蔵を追いかける四十八人の美女には、阿井美千子、小町瑠美子、江島みどり、宝塚から入社の新スタア春風すみれ、更に、大美輝子、若杉曜子、浜世津子等、大映京都の女優陣が総出演し、ミヤコ蝶々、南都雄二の爆笑コンビも賑やかに、冨田仲次郎、千葉登四男等ベテランも加わって花やかなものである。

☆又、『又四郎喧嘩旅』で評判になった雷蔵の新髪型「雷蔵みだし」が又々女性ファンの魅力を呼ぶことでしょう。(DAIEI PRESS SHEET No. 572より)

 大映京都の『喧嘩鴛鴦』で所司代から派遣された刺客に、主人公の市川雷蔵が追われ、崖から落ちて岩風呂の屋根をぶち抜いて女たちの頭上へ落ちかかる場面の撮影。

 第六ステージ一杯に野天温泉場のセットを組み、十数名の女優さんに、本職のモデルも5名加えて裸女群舞というあんばい。場面は古風な岩風呂だが、実は電気で湯を沸かした本物の風呂なので中の女優さんたちは大喜び。

 ところがスタッフの方は裸女の数より少ないので大照れ、殊に岩風呂の天井にぶらさがる役の雷蔵、下の女群は気になるし思わず「助けてくれぇ」

 

★ 梗 概 ★

 京は三条大橋を、丹波篠山青山藩指南役の叔父、保科甚左衛門の手紙を持って江戸へと旅立つ青年美剣士保科新八郎は、橋の袂の易者頭天堂から、いろは四十八人の容易ならざる女難が行手に待っているといわれた。真逆(?)といぶかる新八郎の言葉の終らぬうちに、早くも橋の両方からやってくるのは女難第一号と第二号、片や叔父の娘満枝、片や家老の娘朱美、どちらも新八郎に首ったけで、此の日三条大橋を発つと知って追っかけてきたもの。逃げ場を失った新八郎は欄干を飛びこえて橋ゲタにぶら下がったが河原に財布を落とし、鳥追い女おけいなに拾われてしまう。

 同じ頃三条大橋を忍びやかに東に発ったのは、大目付柳生大和守への密書を持った関白鷹司家の腰元浪路である。この密書を奪わんものと京都所司代板倉豊前守の刺客穴沢多十郎らが後を追う。頭天堂の協力で女難第一号と第二号から逃れた新八郎は、女難三号の浪路から草津神社の境内で密書を秘めた簪を託されたが、浪路は穴沢一味のために命を落し、今度は新八郎が追われる事となる。

 祭礼の雑踏を逃げ廻った新八郎、とある旅籠屋の二階からぶら下がった処、偶然にもそこがおけいの部屋だった。その為穴沢一味からは彼女の奇智で逃れる事が出来たが、おけいは女難第一号に早変り、その夜彼女と一ツ蒲団に寝なければならぬハメとなる。浪路の託した簪の中の密書には「姫三月四日江戸到着」とあった。鷹司の姫が江戸へ行くと云うわけだ。

 かくて花の東海道は、新八郎と、その道ずれになって江戸で一旗あげんとする易者頭天堂、くさり鎌の達人で虚無僧姿の倉地一角を途中から加えた穴沢一味、鳥追女のおけい、正体不明の鷹司の姫、と色とりどりの人物が追いつ追われつ東へたどることとなった。 頭天堂は絶対自分の易には間違いがないと、新八郎女難控なるものを作り、「い、ろ、三条大橋」、「は、草津神社」、「に、草津の旅籠」と四十八人の女難を一つ一つ控えていく。

 さて、土山にさしかかった新八郎と頭天堂の後ろから馬で来たのは京都西陣の織物問屋京屋の娘そのと丁稚の政吉、この娘一寸頭が左まきらしく、新八郎を見るや「わらわは関白鷹司の園姫じゃ、その方がトンと気にいった」といきなり新八郎の首lったまにしがみついた。思わぬ女難第五号の出現に驚く折しも、坂下から殺到するは穴沢一味、無手勝流の達人新八郎は百姓馬の肥桶をヒックリ返し、臭気プンプンたる中を遁走する。

 新八郎の女難旅は益々オドロクべき様相を呈し、桑名、熱田海上七里の船中では、たまたま嵐になったを幸いとして、乗合いの十一人の女の子達がゴロゴロ胴の間を転がっては新八郎にしがみつく、熱田の宿ではお春はじめ七人の女中が、「もっと食べて頂でえなも」と大サービス、おまけに新八郎に協力して、鷹司家の姫と間違われた角兵衛獅子の姉弟おみつ、太郎吉を穴沢一味救い出すという大騒ぎ。

 かくて愈々箱根越え。穴沢一味と鎖鎌一角の迎撃に足踏み滑らせ、ドスンバリバリと崖下の大屋根をぶちぬいて、又もや梁からブラリとブラ下がったまではよかったが、何とそこが女風呂、悲鳴をあげる女達の中に、男と思った政吉が裸でいたのでビックリ仰天。新八郎を襲う女難剣難はさても如何に発展するかお江戸へつくまで全く予断を許さぬ波瀾万丈。(DAIEI PRESS SHEET No.572より)

 

旅の鴛鴦

作詞:萩原四朗 作曲:長津義司 唄:菅原ツヅ子

一、 鴛鴦はねてもさめても ふたりきり

離れる時も ないと聞く

エー それなのに 旅のふたりは なぜ結ばれぬ
台詞:震えていますね、震えていては駄目ですぞ。
東海道五十三次、みな敵の中。
これしきの事で気落していて、大望が果せますか。
さあ、拙者に縋って・・・力強く参りましょう・・・
二、 鴛鴦の雄の嘴 想い羽根
夜毎の夢に みつづけて
エー あと慕う 雄のため息 どなたも知らぬ
台詞:拙者のこの手の温りを・・・お忘れなくば倖です。
ではお達者で・・・さらばじゃ・・・。
三、 鴛鴦は 一夜寝もせず 別れても
想いはのこる 胸と胸
エー 瞳で知らす またの逢う日は 来る来るものを

喧嘩鴛鴦(女難道中)

作詞:萩原四朗 作曲:長津義司 唄:白根一男

一、 京の三条の 大橋あとに
五十三次 江戸下り
青葉やさしい 街道の宵に
野暮な追手が 野暮な追手が 血を降らす
二、 剣の林は わけなく越える
越すに越されぬ 美女の垣
四十八人 絡んで拗ねて
芯が疲れた 芯が疲れた 女難たび
三、 世話にくだけて 女に惚れりや
なんと相手は お姫さま
旅も恋路も 一度にあがり
駕籠を見送る 駕籠を見送る 御殿山

            

 「すごいカメラね だれの?」「むろん僕のさ」と市川雷蔵さんと嵯峨三智子さんの仲よしお二人

 汽車の前でチョンマゲ姿の雷蔵さんがカメラを持って

 変てこりんな写真ですがここは「残菊物語」のセットの中なのです。(平凡56年6月号)

 

                  喧嘩鴛鴦            滝沢一

 小国英雄のシナリオはすこし奇をてらいすぎて、アイデア負けしている。いわゆる道中記もので、目先の変化によって一応救われているものの、その道中記の話のシンになる雷蔵以下主役級の四、五人が、江戸に着いてからそれぞれの仮面をぬぐという趣向の面白さは余り生きていない。話の意外性に頼りすぎて、観客まで馬鹿にされている見たいに思わせては失敗であろう。

 もっと道中記ものらしく場面の変化だけで、ストーリーをがっちり固めるべきであった。雷蔵が何の目的で出府し、何故道中ごたごたにまきこまれるのか、判りにくい。ただ、市川雷蔵を使って、彼のなかから軽い喜劇風な持味をひき出しているところが、企画及びシナリオのお手柄で、雷蔵としても『浅太郎鴉』の深刻さよりずっと好感のもてる作品となっている。雷蔵をこの種の役柄でのばしてゆくことも、錦、千代とちがった方向に歩ませる意味でおもしろいと思う。彼に思いっきりナンセンスな時代劇をやらせて見たい。

 田坂勝彦の演出は無器用で、このストーリーの軽快味を出しきっていない。大河内がしかつめらしく「女難日記」を持出してくる場面なども一向に笑えないし、それでいて漫才の蝶々、雄二の使い方はすこしオーバーにすぎる。一口にいって演出に抑揚と節度を欠いているのである。

興行価値: 明るさと、ほどよいお色気、ストーリーもなかなかスリルとサスペンスに富んでいるので、雷蔵のもっている女性ファンによびかければ十分稼げよう。(キネマ旬報より)

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