降りそうで降らず、薄日がさしてもいけない。路がぬれてては困る。なんの事だかわかりますか?もし今日、この条件にかなえば祗園ロケでした。目を覚まして空を見るとドン天、ロケだあ・・・と思っていると雨が降って来た。今日もセット、撮影所へ直行する。A-2ステージ昨日と同じ若旦那の部屋です。今日のシーンは実に良かった、泣きました。喜久治の妻弘子が船場のしきたりに合わんと云われて別れるシーンです。(昭和四年七月)

 夏場のシーンのため照明が大変強く、ぎらぎらした感じで、部屋も昨日の殺風景なのにくらべて、何か結婚してまだいくらもたたない雰囲気の出ている部屋になっています。雷蔵さんは薄い紺色、中村玉緒さんは薄い朱と、いずれも中間色の着物がこの哀れな夫婦の情を写し出している様です。夏のため汗の感じが出ないで大変な騒ぎです。まず油を顔なり衿なりに塗って、霧吹きでその上から水をかけると汗が流れず、しっとりと汗をかいている感じになるわけです。玉緒さんの方に二人ばかりで霧吹きで水をかけているを見て雷蔵さん、いろいろ玉緒さんの方を気にして指図したり、自分で水をかけたり忙しいかぎりです。本番の声、雷蔵さんは今まではいていた白足袋をぬぎ新しい足袋にはきかえる。カメラがまわる。静かである。

 「ゆうべは手もにぎらせてくれへんかったなあ」はっとした。雷蔵さんセリフが違う! 自分で制作したらあかん!と思ったとたん、スタッフ一同大笑い。やり直し。ほんとうにおどろきました。そのため本番OKになって、セリフだけ二回入れ直しをしました。

 今日は午前中はロケに行く行かないで待たされ、午後は雷蔵さんのアップを入れて二、三カット撮影してもう夕方。夜このシーンの残りが一カットあって、宣伝写真で十時まで、ほんとうに雷蔵さん御苦労様。

 

 河内屋若旦那喜久治の正妻として迎えられたが、古いのれんと船場のしきたりの中で、苦しめられ、別れなければならない女・弘子に中村玉緒さん