大菩薩峠

1960年10月18日(火)公開/1時間46分大映京都/カラーシネマスコープ

併映:「新夫婦読本」(枝川弘/船越英ニ・叶順子)

製作 永田雅一
企画 松山英夫・南里金春
監督 三隅研次
原作 中里介山
脚本 衣笠貞之助
撮影 今井ひろし
美術 内藤昭
照明 岡本健一
録音 大谷巌
音楽 鈴木静一
助監督 西沢宣匠
スチール 西地正満
出演 本郷功次郎(宇津木兵馬)、中村玉緒(お浜・お豊)、山本富士子(お松)、菅原謙二(近藤勇)、根上淳(芹沢鴨)、島田竜三(神尾主膳)、千葉敏郎(土方歳三)、笠智衆(机弾正)、島田正吾(島田虎之助)、丹羽又三郎(宇津木文之丞)
惹句 『むせび泣くは剣の呪いか女の肌か斬るか青眼音無しの構え、断つか秘伝甲賀一刀流殺気みなぎる宿怨の対決』『妖剣音無しの構え、初めてその真髄を描き尽くして完璧』『最大の興味を呼ぶ最適の配役大映が総力を結集して嵐を呼ぶ時代劇巨篇』『払えども消えず、斬れども去らず、非情の剣と愛欲を描く、時代劇未踏の大ロマン

若さあふれる竜之助にしたいと雷蔵さん

 「大菩薩峠」が大映で映画化されることになり、主人公机竜之助に市川雷蔵さんが決定したと発表されたときには、映画ジャーナリズムに可成りの波紋が立ちました。なにせ戦前、稲垣浩監督、大河内伝次郎というコンビで映画化し、戦後は内田吐夢監督、片岡千恵蔵のコンビで三部に分かれて封切られた後だけに、雷ちゃんでは若すぎはしないか、いや若さこそが魅力だと、甲論乙駁が続出するありさまでした。

 この点雷ちゃんは「こんど竜之助をやることになって、改めて原作を読み返してみましたが、机の性格には充分現代青年に通ずるものを発見しました。活動力のともなったニヒリストっていうんでしょうか、自分で自分の運命をきり開いて行く彼のタフな性格にひかれました。たしかに何の罪もない人を殺したりする彼に憤りを感じますけど、その底に流れる行動力は魅力ですよ」と瞳に若さあふれる竜之助にするのだという意欲を感じさせてくれます。さらに言葉を続けて

 「カツラはムシリという浪人風の頭で、黒紋つきに走り駒の紋を染め抜いて、音無しの構えをやるのでは、前作の物真似にしかならないと思うんですよ。その点脚本を書いて下さる衣笠先生のイメージと、中里介山の原作に流れるイメージとをうまく合致させて、ボクはボクなりの机にしなければいけないと考えているんです」といいます。

 一つの例として雷ちゃんは、机という人の人間性をこう解体しています。普段は別にそこらの人と変らない平凡な人間だが、ひとたび腰に剣をさすと別人のように鋭い男に変るんだろうと・・・。「立廻りの点でも、音無しの構えをなぜ机がやるか、そんな心理的なことも出来れば画風に出したいんですよ。相手が攻撃するまで何時間でもじっと待っている。攻撃する相手の構えのわずかな乱れをつく机の心理の動きの一瞬なんかを・・・。ただ殺陣の手が入り組んでいるとか、長い刀を使ったとかいうんじゃつまらんですよ」と意欲充分です。

 演出を担当する三隅監督と『王者の剣』『千羽鶴秘帖』など五本位の作品に組んで、雷ちゃん自身も大いに信頼しているというのですから鬼に金棒です。「大河内さんや千恵蔵さんの机はボクのこれからやる机と比較すれば、完成されているものですが、不完全で無分別なところを大いに出して、若い机を出しきれればと思います。やる気になれば一生かかってもやれる長篇ですから」と雷ちゃんは大張り切りです。(近代映画60年11月号より)

『大菩薩峠』撮影中!


 大映京都撮影所では、いま市川雷蔵主演の『大菩薩峠』を撮影中である。これは中里介山の原作で、戦前、戦後を通じて三度び映画化されており、主人公の机竜之助に、大河内伝次郎、片岡千恵蔵等が扮していたが、今度はぐっと若くなって、市川雷蔵が主演するのである。

 原作は国民文学の代表的な作品として、戦後再評価されている長篇小説で、映画は三部に分けて製作される。

 放れ駒の黒紋付の着流しで、妖刀音無しの構えをあやつり、行くところ波乱を起す、虚無の青年剣士、机竜之助を市川雷蔵がどう演ずるか。今まで映画化された竜之助は、主演者の年令もあって、陰鬱な剣豪物という印象が強いが、衣笠貞之助のシナリオは、原作の線に戻って、剣の凄壮さと、ロマンチックな面が強調されている。雷蔵の意欲とともに期待したい一作である。以下、撮影中の「大菩薩峠」セット訪問記である。

 この日は、第五セットにくまれた、江戸の竜之助の家。これは御嶽山奉納試合で、宇津木文之丞を討ち果たした竜之助が、宇津木の妻お浜と江戸に隠れすむ隠れ家である。殺風景な、何の飾りもない部屋。柱も黒ずみ、ふすまは、墨絵のような灰色。こたつに入った竜之助と、お浜の二人が、久しぶりになごみ合う場面である。

 こたつに入り、横になった雷蔵の竜之助。そこに中村玉緒のお浜が、「しほの山、さしでの磯に、すむ千鳥・・・」とつぶやくようにいいながら入ってくる。そして、さしでの磯は私の故郷と、今は遠い故郷を思って、ちょっとしんみりするところである。三隅監督が「お浜は気の強い女だけど、ここでは少しセンチに」と玉緒ちゃんに一言。コックリうなずいてテスト。ところが玉緒ちゃん、笛吹川のほとり・・・というせりふ、石狩川と言い間違え。三隅監督が「あ、北海道まで飛びましたな」雷蔵くん、すかさず「人間の条件が出て来よった」で、スタッフ一同大笑い。玉緒ちゃんは、「人間の条件」に出演、北海道ロケをすましたばかりのところであるからである。玉緒ちゃん、すみませんと可愛ゆく云って、またテストが続けられる。

 ところで、このセットの中には、一体何人の人間がいるかと云うと−。

 監督、俳優、撮影、照明の外、カメラ助手四人、色彩設計一人、録音助手四人、美術監督一人、助手一人、装置二人、装飾主任一人、助手二人、照明助手二人、床山二人、衣裳一人、結髪二人、助監督三人と四十人近い人数がいるわけである。この外に、俳優の附き人、宣伝課員、取材する記者などを入れると、ざっと四、五十人の人間がいるわけである。一本の映画が出来るには、こう云ったいわゆる裏方の力が大きいわけです。やがて、本番テスト、本番。本番の声がかかり、本番を知らせるベルが鳴ると、何十人と動いているセット中は、針が落ちても響くぐらいの静寂さとなる。そこに、雷蔵の、低く、暗く、沈鬱そのものと云った、せりふが響く。

 「父も尺八が好きであった」「弾正さまが」暗い宿命の二人が、捨て去った、遠い故郷を思い、病身の父を偲ぶ、ところに外に竜之助を訪れる声がする−ところで「カット」の声がかかる。「ハイO・Kです」たちまち、またセットにざわめきが起り、カメラが動かされ、ライトがあちこち動く。雷蔵は一人椅子に腰かけ、久し振りに晴れ渡った秋日和の午後、第五ステージの前は、折からの見学者で黒山の人だかりである。さっそく何事だとのぞいて驚いた。市川雷蔵、山本富士子、中村玉緒、本郷功次郎と、この映画の主人公たちが、にこやかに肩を並べて立っている。この四人、映画の中では同じ場面に顔を合わす所がないのだが、それだけに一カット千金の光景にうまく出合ったわけである。

 レフ(太陽光線を反射させる銀板)が、あっちこっちからピカピカ光り、正面にカメラが据えられ、ジーッとまわっている。予告篇の撮影で、日本映画界のホープでもあるこの四人のスターが顔を合せ、お客様への御挨拶という一カットだった。



予告篇の撮影が終って、すぐ本篇の撮影である。ステージの中は、江戸へ出た机竜之助のわび住い中で外は昼間であるのに何となくどんより陰にこもった感じの家の中である。建込みは三間であるが、今日の撮影は二間が使われて、照明のとりつけ、手前の部屋の中程に小型クレーンを移動車に乗せてそこにカメラを据えるのに、スタッフの人たちが急がしそうに動いている。その日の撮影は終ったはずの本郷功次郎が、誰かを探して出たり入ったりしている。使わない暗い部屋で雷蔵と玉緒が向き合って腰掛け、雑談をしながら待っている。雷蔵が、いきなり大きな声を上げて大きなアクビを始めた。

準備が出来て、テストが始まる。お浜の玉緒が雷蔵の竜之助にいよいよ愛想をつかし、かッとなり、竜之助の脇差を抜き取るなり生まれたばかりの赤ん坊を刺し、自分も死のうとするのを、竜之助が止め、脇差を奪い取るカットである。奥の部屋から赤ん坊の寝ている手前の部屋の玉緒が「坊や、お前も私も一緒に死んでおくれ」と叫びながら血想を変えてとび出して来る。すぐ後を雷蔵が「何をする」とおどりかかって脇差をひったくる、畳に手を突いて倒れかかる玉緒が血の引いた顔で雷蔵を見上げる。雷蔵は、一瞬前の出来事などなかったような無表情な顔に変って脇差を腰のサヤにおさめる。そしてぞっとするような冷たさで玉緒を一べつして「死ぬとも生きるとも勝手にせよ」と云う。カメラは、玉緒の顔雷蔵の顔、玉緒の顔雷蔵の顔と移動車とクレーンをフルに使って、さながら獅子舞いの獅子の首のように、前後上下左右をめまぐるしいほどの激しい動きを見せていた。今日の出番はないが、山本富士子が、カメラの後に坐って見学していた。

 大菩薩峠の麓の近くの沢井村にある大きな机屋敷の一室、柱も梁も黒く、壁は白くくすんだ灰色をしており、心なしか今日のステージは机屋敷のようにガランとしている。低く据えられたカメラのフレームからのぞくと、スコープ・サイズのせいもあるが、部屋の中央に黙して座っている竜之助に何かが押し被さるように静かで陰惨な兆の感じがただよっている。この物語の発端の一つである、御嶽神社奉納試合に宇津木文之丞に勝負するという組状を、机道場の門弟から渡され、それを静かに見終わった後のカットである。セリフは無い。じっと考え込んだような竜之助の雷蔵を残して、組状を持って門弟が部屋を出る。雷蔵の横顔は、ただ青白くすき透るだけで、何の感慨も動かない。だが、心の中は愛刀武蔵太郎安国の妖しいまでに鋭く激しい刃が何かに交錯しているのである。やがて、その顔がフト庭に向けられる。石垣伝いの石段を、米俵を背負った与八の姿が眼に入る。そのタイミングを間違えないようにと、三隅研次監督の声が掛かる。(時代映画60年10月号より)

凄壮な剣の魅力と人間の悩み、若さを武器に新しい竜之助を、意欲をみせる雷蔵さん

 剣の文学として日本最高のロマンを誇る中里介山の不朽の名作「大菩薩峠」は、大映で映画化を決定、その第一部を十月十八日、第二部を正月、第三部をゴールデンウィークに公開することになった。脚色にはベテラン衣笠貞之助、演出には三隅研次監督が、『白子屋駒子』に引続き当ることになった。

 主人公机竜之助をやることになった雷蔵さんは、映画入りして初めての大阪歌舞伎座の舞台出演をおえるや、直ちにホームグランドである大映京都に帰り、衣装調べ、かつら合せを行い、折から残暑きびしい中に、追いこみ撮影を続ける三隅監督と慎重な打合せをし、久方ぶりに山本富士子さんと顔合せた雷蔵さんは、舞台の疲れも忘れて、元気に次のように語った。

 「机竜之助というのは、今まで先輩方が立派な演技を残しておられるので、下手をすれば物真似に終ると思うんです。放れ駒の黒紋付きを着て、音無しの構えをやることがきまっているだけに、演技者としてはやりにくい点もあるが、その反面、ぼくなりの竜之助をいかにして出すかに工夫のし甲斐もあるというものです。竜之助は主義主張を持たず、その時、その状態によって自分の思うままに行動する男で、その衝動的な行動に、現代人にアピールするものがあると思う。今迄の主演者の年令のせいもあって、何か陰鬱な剣豪物という印象が強いですが、衣笠先生の脚色も、原作の線に戻って、剣の凄壮さとロマンチックな面を強調されるそうですし、このような本格的な時代劇に出演できることはぼくとしては本望です。原作の最初が二十八才ですし、ぼく自身の年令に近い訳です。その点今までの剣豪的な匂いよりも未完成の人間的な迷いとか、悩みが出せるのではないでしょうか。三隅監督はオーソドックスな演出で、手法としては堅実そのものですし、ぼくも何とかして新しい竜之助を創り出したいと思っています」

 雷蔵さんは前にも書きました様に、この作品に対する意欲は大したもので。この所お仕事に大いに当たっている雷蔵さんにはまさにとどまる所をしらずと云う所ですが、この作品での監督三隅研次さんに、この作品をどんな映画に作り上げるか一寸語っていただきますと、

 「『大菩薩峠』は過去すでに三度映画になっているが、こんどは雷蔵君という若い素材でやるわけですが、これまでのものは、かたくるしい剣豪映画の感が強かったように思うが、それは、大河内伝次郎、片岡千恵蔵さんら、恰幅のある人がやったから自然そうなったのだろう。竜之助の剣と人間の迷い、それに愛欲といったもので特色をもたせたい。竜之助の妖気を強調するが、お浜との愛欲も十分描くつもりだ。又、竜之助役は雷蔵君が第一人者だと思う、それは雷蔵君が原作の竜之助の年齢にもっとも近いからだ。

 わたしはわたしなりに竜之助を研究しているが、現代にも通じる竜之助の人間像をいかに現代人に理解させるか、そこに演出のポイントをおきたい。」

 さて次には宇津木兵馬で雷蔵さんの相手役の本郷功次郎さんは「カズラをつけメーキャップをしていても何だかウキウキしてくるのは、雷蔵さんと共演して、現代劇できたえた腕を見て頂こうと心中ひそかに期する所があるせいかもしれません。ぼくとしては、懸命に雷蔵さんの机竜之助に食いさがってゆくつもりです。」と語っておりますが、雷蔵さんもこうした、たくましい後輩?に負けない様なすばらしい演技を皆様の前にみせて下さる事でしょう。九月十三日よりクランクイン、目下強行撮影中という所です。

 この作品の封切日十月十八日(予定)、 第二部お正月、第三部ゴールデンウィークにそれぞれ封切られます。

 『大菩薩峠』が終了いたしますと、次は雷蔵さんが映画入した動機になったとまでいわれております。菊池寛原作『忠直卿行状記』の製作が決定しております。

 「何か軽い感じのもので演るのかと思っておりましたが・・・」と云いますと雷蔵さんは「この所、ぐっと芸術づいているんや」そうです。ともあれ、大いに期待しようではありませんか。(60年9月24日発行 よ志哉19号より)

[ 解 説 ]

 大菩薩峠 − といえば、いまさらいうまでもなく、中里介山不朽の剣の文学として、これまでも映画化されて来た。とくに、そのスケールの大きいいこと、ストーリーの波らん万丈なことなどから、大型、カラーの画面に好個の題材として取りあげられ、東映において、内田吐夢監督の手により片岡千恵蔵主演で、三部作に作られたのはすでに皆さんもご存じの通り。

 こんどは、大映において構想も新たに、市川雷蔵でこれまた三部作として作られることとなり、これはその一部である。中里介山の原作から脚色にあたったのはベテラン中のベテラン衣笠貞之助。『女妖』で初の現代劇を手がけるなど、ここのところ大作つづきの愛弟子・三隅研次監督のために、『白子屋駒子』にひきつづいて筆をとっている。

 第一部は、秀麗・富士を遠望する大菩薩峠の頂上に現われた黒紋付着流しの机竜之助が、なんのいわれもなく一刀のもとに老巡礼を斬り捨てるあまりにも有名なプロローグから、幕末動乱の京洛に現われた竜之助の狂乱まで −。

 配役は、妖剣・音無しの構えに妖気ただよわせる竜之助に大映時代劇ナンバー・ワンの市川雷蔵が扮して、これまで以上の虚無感をスクリーンに盛りあげんものと熱演。また、竜之助の運命を大きくかえる女性・お浜とお豊の二役には演技力充実の中村玉緒、更に大菩薩峠で祖父を竜之助に殺されて以来悲運にもてあそばれる薄倖の美女・お松に山本富士子、竜之助を兄の仇と狙う宇津木兵馬に時代劇久々の本郷功次郎の豪華な顔合わせ。新国劇の島田正吾が特別出演、島田虎之助に扮している。( キネマ旬報より )

←クリック!中身が見られます!

 

[ 略 筋 ]

 秀麗富士を遠望する大菩薩峠の頂上。黒紋付着流しの机竜之助は、一刀のもとに居合わせた老巡礼を斬り捨てた。この祖父の死に驚くお松を、通り合わせた怪盗裏宿の七兵衛が助けて江戸へ向った。

 一方、机道場に帰った竜之助を待っていたのは、宇津木文之丞の妹と偽るその妻お浜だった。御嶽山奉納試合の勝ちを譲れというお浜の言葉を冷たくはねつけ、その帰途を水車番の与八に襲わせた竜之助は、その小屋でお浜を犯す。

 それから数日、奉納試合は文之丞の意趣で殺気をはらんだが、竜之助の音無しの構えは一撃にして文之丞を倒し、竜之助はお浜を伴って江戸へ。この兇報に馳せ戻った文之丞の弟兵馬は、竜之助の父弾正から、妖剣音無しの構えを破るには並大抵の修行ではだめだと教えられ、剣聖島田虎之助に正剣を学ぶため江戸へ向った −。

 江戸に出た竜之助は新撰組に出入りし、近藤勇、芹沢鴨、土方歳三らと知り合うが、ある夜、誤って島田虎之助に斬りかかった土方らが、虎之助の絶妙な剣の冴えに一蹴されたのを見て動揺する。

 また七兵衛に救われたお松は、生花師匠お絹の家で行儀見習いをするうちに、島田道場へ通う兵馬と知り合い、恋し合うようになる。ところで兵馬は、遂に竜之助を探し出し果たし状を送ったが、竜之助はこれを知って兵馬に討たれてくれとたのむお浜を斬り、お浜との間に出来た一子の郁太郎を残して江戸を去った。

 京都に入った竜之助は芹沢をたよって新撰組に入り、これを追うようにして現われた兵馬は近藤の世話で新撰組入りをする。ここでも宿命の対決を見せた。

 一夜、島原で近藤暗殺の計画を聞かされた竜之助は、この密議を聞いたおばのお滝と情夫の清吉に売り飛ばされ京都に来ていたお松を御簾の間に連れ込んだ。竜之助の蒼白の顔面から漂う妖気。それが突如として狂気に変った。不気味な竜之助の哄笑。この時、近藤に後楯された兵馬らが御簾の外にひしひしと迫っていた −。( キネマ旬報より )

『大菩薩峠』全20巻は、富士見時代小説文庫、ちくま文庫、角川文庫等で読める。

シリーズ映画 のその他のシリーズ 大菩薩峠参照。

daiei.jpg (1795 バイト)  

    

YaL.gif (2580 バイト)

Top page