『薄桜記』−雷蔵愛惜

『薄桜記』の評判は公開当時はいかがでしたか。

 客はよく入ったと思います。あんまり評判にはなりませんでしたが。(笑)

 光華大学の先生をしてた外村〔完二〕さんでしたか、「謡の文句を二度言うところがなかったら、ベストテンに入れてるけどな」と言うたんですけどね。謡をうたうところがあったでしょう。勝ちゃんがうたうのかな。そこの文句をダブらせたんです。家元の方にきてもらって、「ダブらせてもいいですか」と聞いたら、「いい」ちゅうんで、やったんですけどね。ま、あれはベストテンに入るなんてことはなくて、「まあ良かったな」ぐらいでしょうな(笑)。

 しかしね、あるとき、大映からタクシーに乗ったら、運転手が「森監督ですか」と言ったんですね。「そうや」「わたしは『薄桜記』を三回見ました」。いや、「五回」と言うたかな。そんな人はいましたね。チップを奮発したです。(笑)

1984年にイタリアのペーザロ映画祭で日本映画特集が組まれたとき、『薄桜記』が上映され、イタリアの新聞にスチールが載って、「日本の青春の悲しみを描いた映画」として大きな記事になっていました

 ああ、そうなんですか。ありがとうございます。それを聞いて、ぼくはうれしくなりました。あれは、川喜多映画文化財団ですか、あそこの人が結果を知らせてくれるかと思ってたんですけど、なにも言ってこないから、たいしたことなかったんやなと思ってたんです。

ペーザロ映画祭はコンペティション制ではないので、賞というものはないんですが、向うから作品を選びにきた代表で、有名な映画評論家のマルコ・ミューラー(ヴェネチア国際映画祭ディレクター。1953年生まれ。イタリアで研究者として活動した後、1978年ごろより映画評論家、プロデューサーとして活躍。ペザロ国際映画祭(イタリア)、ロッテルダム国際映画祭(オランダ)ロカルノ国際映画祭(スイス)など欧州の映画祭ディレクターを歴任した後、2004年より現職。これら国際映画祭において日本映画特集を実施し、日本の映画監督を高く評価し紹介するなど、映画を通じた海外への日本文化紹介に大きく貢献した。)という人が、興奮して絶賛していきました。向うの人はこれまで、森監督の作品を見る機会がなかったわけですね。それで、日本へきて見て驚いたらしいんです。

(Marco MÜLLER 1953〜)

 ほんとに幸せですわ。どうもありがとうございました。知らせていただいただけでも。やっぱし、青春の悲しみのようなものは、誰にでも通じるんですかな。それをお聞きするだけで、非常に楽しいというより、生きてきたかいがありますわ。ま、手を抜いて撮ったシャシンはありませんからね。自分としては一所懸命やってると、なにか出てくるんでしょう。いや、ほんとにありがとうございました。それを聞くだけで女房が喜ぶでしょう(笑)。

(英語版 『薄桜記』DVD)