おけさ唄えば

1961年4月5日(火)公開/1時間23分大映京都/カラーシネマスコープ

併映:「悲しき60才」(寺島久/坂本九・森山加代子

企画 奥田久司
監督 森一生
脚本 笠原良三
撮影 本多省三
美術 太田誠一
照明 中岡源権
録音 大谷巌
音楽 塚原哲夫
助監督 太田昭和
スチール 藤岡輝夫
出演 橋幸夫(おけさの半次)、水谷良重(お勝)、三木裕子(お君)、小桜純子(お京)、島田竜三(坂木の藤吉)、中村鴈治郎(稲荷山の勘治郎)、毛利郁子(酌婦A)、寺島雄作(番頭忠七)、尾上栄五郎(にがり権太)、東良之助(戸倉屋の主人重兵衛)、水原浩一(武士A)、金剛麗子(戸倉屋女房おせい)、寺島貢(黒姫の繁蔵)
惹句 『美男がらすの雷蔵と、美声やくざの橋幸夫が斬って唄って恋をする』『橋が唄えば雷蔵が斬る

< かいせつ >

 雷蔵さんの明るいコミカルな股旅物と云えば大変定評のあるもので、皆様もよく御存知のはずです。

 この作品は、雷蔵さんが弟の様に可愛がっている橋幸夫さんと初顔合わせの作品で、雷蔵さんは、以前の濡れ髪シリーズとは又違った軽妙な演技をみせた、楽しい作品で好評でした。

 ストーリーは、一本どっこの旅がらす一本松の千太郎と、男装の女やくざの勝五郎実はお勝が派手な喧嘩道中を繰り返すうちに、生意気ざかりのチンピラやくざのおけさの半次郎とその姉お君、恋人お京らがからみ、しかもラストでは千太郎とお君が結ばれると云う、どこにでもあるストーリーですが、このシナリオはあくまで内容を現代調のタッチで書きあげているため、セリフの面白さとあいまって、殺陣もぐっとモダンにリズミカルな色彩をもって表現されている事が、この作品のたのしい雰囲気を作る大きな要素となっている事をお忘れなく。

 又、ある作品評に雷蔵さんの演技について『父が好人物だったため、家財を失い、やくざになった男が、極悪人になろうと決心して、修業の旅につくが、この男生来の人のよさで、意に反してつい人助けをしてしまうが、そうしたおかしみを市川雷蔵が好演。いや味のないこっけいさがにじみ出ている』と云われました。では皆さんごゆっくり御観賞下さい。(昭和36年10月29日第八回市川雷蔵後援会秋の集いパンフレットより)

雷蔵さんと先輩愛

-誰も気がつかなかった橋さんの歌いグセのことナドナド-

ちっとも似てないと思ったが・・・

 『橋幸夫のすべて』『橋幸夫の人気の秘密』etc.・・・最近の各週刊誌の特集記事欄は、まるで17歳の英雄、橋幸夫さんにささげられたようなありさま。そこで橋さんファンは、こと彼に関することならAからZまで知っていて、「私は橋幸夫学の権威よ。彼にはもう、私の知らない秘密なんて一つもないわ」といった顔をなさいます。だがはたして、もう橋さんのすべてが紹介されつくし、これ以上その魅力ある秘密をさがしだすことはむりでしょうか?とんでもありません、一人の人間のすべてが、そうカンタンに外部のひとたちにわかってはたまりませんし、まして伸びざかりの橋さんともなれば、それこそ未知数の魅力の泉のようなもので、その底には汲めども尽きせぬ人気の秘密がかくされています。

 たとえば、こんど橋さんが『おけさ唄えば』で共演する市川雷蔵さんの先輩愛についても、人に知られていない秘話がいっぱい隠されています。雷蔵さんと橋さんは、ちょうどひとまわりちがいの羊どし同士。「“おけさ唄えば”はきっとヒットする。われわれニ匹の羊で、日本中のお札をたべちゃおうよ」と雷蔵さんの冗談のなかにもどこかあたたかい激励がこもっているではありませんか。

 雷蔵さんがはじめて橋さんの顔を見たのは、橋さんが『木曽ぶし三度笠』に出演していたとき。「こんどの“おけさ唄えば”で共演するので、どんな芝居をやる男か見ておこうとセット見学をしたんです。それに、よく人から“橋幸夫は顔が君にそっくりだ”といわれていましたからね」ところが、そのときの第一印象は「なんだ、ちっともオレに似てないじゃないか」ということだったそうです。「だいたい、顔が似てる似てるといわれるのは、ほんの一瞬の表情が似ているばあいが多いんじゃないかしら。そっくりウリ二つなんて他人がこの世ににるはずないもんね。僕はよく阪神の村山投手に似ているといわれるし、橋君にも似てるといわれる。ところが、村山選手と橋君をくらべてごらんなさい、まるで似ていないでしょう。ひとの眼なんて、おかしなもんんですよ」これが雷蔵さんの意見です。

 しかしその雷蔵さんも、こんど仲よく濡れ髪のヅラをつけてみて「オヤッ」とおもったそうです。「なるほど、ある角度から見ると橋君の顔はよう僕に似とるわ。正反対にちがうところは、僕はアゴを引きすぎるクセがあるのに、橋君はアゴを前にだすという点かしらね」とまんざらでもなさそうな表情。やはり愛する弟分の橋さんと似てることを発見して、わるい気はしないのでしょう。

 はたして雷蔵さんと橋さんとはどのていど顔が似ているか、スクリーンのうえでとくと見くらみようではありませんか。

長脇差プレゼントのうらばなし

 とにかく雷蔵さんの橋さんに対する友情は、そばでみていても心あたたまるものがあります。もともと雷蔵さんは歌が好きで、よくレコードを聞いているのですが、どれが橋君の歌やら、どれが『おけさ唄えば』やらわからないというノンキさでした。

 そこで、こんど撮影にかかる前、宣伝部の部屋へレコードを持ちこんで、仲よく橋さんといっしょに聞きました。こうして、橋さんの歌が明るい現代調であることを知ると、脚本を現代劇の笠原良三さんにたのみ「セリフも思いきって明るく、グッと若い人むきにして、橋君がしゃべりやすいようにしてやってください」と、森一生監督にもお願いしてあげるという心くばりです。旅館も、自分がヒイキにしている“いながき”を紹介してやりました。

 それより先、橋さんが東京浅草の国際劇場でやった“ワンマン・ショー”(その爆発的人気のことは今さら強調するまでもありますまい)のとき、雷蔵さんが殺陣用の刀をプレゼントしてあげたはなしは有名です。三日目の舞台の上で、その贈呈式をすませた橋さんは、さっそく大張切りで立ちまわりの場面へとびだし、「いまもらったばかりだから、すごく斬れるんだぜ」と当意即妙のセリフをとばしながらバッサバッサと斬りまくり、満場のファンを大よろこびさせました。「あのときの立回りはとても素人とは思えない」と、本職の人のあいだで評判になったほどのあざやかさです。

 しかしその裏には、人に知られない橋さんの“努力の秘密”がひそんでいます。公演を前にして四日間、ヒマさえあれば殺陣の猛練習をかさね、おかげで竹光の刃がボロボロになってしまったとか・・・。見ているとなんでもなさそうですが、刀をすばやくパチリと鞘におさめるのは至難のわざ。ピストルをクルックルッとまわしてケースにおさめるのと同様に、よほどの修練を積まなければうまくはゆきません。それをわずかの期間の稽古であざやかにやってのけたのですから、橋さんの天才もさることながら、その猛練習のほどがしのばれるではありませんか。

 さて話を、雷蔵さんの先輩愛のほうへもどしましょう。彼が橋君にプレゼントした刀はむろんホンモノのズバリ斬れるやつではなく、もっぱら映画や舞台で使われる殺陣用のイミテーション刀剣です。しかし、ニセモノはニセモノでもただの子どもだましとはちがい、いうなればニセの“永仁の壷”のように迫真の出来ばえでなければいけません。そこでおいそれと大量生産するわけにはゆかず、そういう意味ではヘタな実物よりも価値が高いわけです。

 大映京都撮影所の刀剣部にも在庫品(?)が少なく、どれとどれが長谷川一夫さん用とか、これが勝新太郎さん用だとかギリギリのヤリクリをしているほど。そんなしだいで、刀剣部の人たちは「こまる」、「こまる」と泣きごとを言っていたのですが、「そこをなんとか」と雷蔵さんが強引にゆずりうけ、ツカをつけかえたり新品同様にして橋さんにプレゼントしました。郵便遅配の折から、小包で送っていたのでは間に合わなくなるおそれがあるというので、東京へ出張する大映の人に頼んで持って行ってもらった−と、そこまで気くばりした雷蔵さんだったのです。

そのクセやめたほうがいいな

 国際劇場における橋さんの舞台姿は、テレビのビデオテープで全国に放送されましたから、地方のかたもよくご存知のことでしょう。大映のスタジオの関係者も、みんな見ています。そして3月12日(雷蔵さんの『好色一代男』がアップした日)、『おけさ唄えば』の撮影のために京都へかけつけた橋さんをつかまえては「おもしろかった」「なかなかたのしかった」などと、口ぐちにあいさつがわりに話しかけたものです。すると橋さんは「どうもありがとうございます。おかげさまで・・・」と気さくに受けこたえし、早くも森組撮影スタッフの人たちとすっかりうちとけてしまいました。

 そして、あくる13日、橋さんがナイトクラブ『おそめ』に実演で出ているのを知った雷蔵さんは、「おい、みんなで応援に行ってやろうや」と、スタッフ、宣伝マン多勢をひきつれてナグリコミ・・・おっと親衛隊役をはたしてやりました。ところが、橋さんのほうは、客席のいちばん前の列に雷蔵さんたちがズラリと顔をならべているのを見てすっかりテレてしまい、一番一番うたうたびに横をむいてしまうありさま。すると、その純真な態度を見たお客さんたちはいよいよ橋さんに好感をもち、ヤンヤの大喝采というのですから、どこまで人に好かれるのか、底の知れない少年歌手です。

 むろん雷蔵さんも、いよいよ橋君が好きになりました。同じ13日に撮影所で橋さんの歌のプレスコ(歌やセリフを撮影の前に吹きこんでおく。アフレコの反対)がおこなわれたときに雷蔵さんの先輩愛美談などは、いまだにスタジオマンの語りぐさになっています。プレスコの係りの人と橋さんがいまだ初対面だったので、おたがいに気がシックリいかなかったらたいへんだと、プレスコが終るまでの三、四時間というもの、雷蔵さんはそばにつきっきり−いそがしい大スタアにしてこの態度、ちょっと人に真似られるものではありません。

 しかもこのとき、雷蔵さんは、まだ誰も知らない橋さんの秘密を大発見(?)しています。その秘密とは−橋さんは歌をうたうとき、ヒョイヒョイと右足で軽く拍子をとりながらうたうのだそうで。リハーサルの途中でこのクセを発見した雷蔵さんは「あの音はマイクにはいるだろうね。やめたほうがいいよ」と橋さんに忠告してやりました。はじめて自分のクセを知った橋さんが、大感激して大先輩の忠告にしたがい、プレスコがみごとな成功をおさめて終了したことは言うまでもありますまい。

 それにしても、おそるべきは雷蔵さんの慧眼です。いつも橋さんの歌いぶりを眺めていながら誰も気づかなかった小さな橋さんのクセを、ほとんど初めてに近い立合いでピタリと見抜いてしまうとは・・・。やはり日ごろ、机竜之助の音無しの構えなどできたえあげた心眼のたまものでしょうか。こうした大映の若親分、市川雷蔵さんの心強い応援を得て、映画俳優、橋幸夫の前途は洋々たるものがあるにちがいありません。

(別冊近代映画61年5月下旬号「おけさ唄えば」特集号より)

< ものがたり >

 一本松の千太郎は一風変った旅人で、出世するには悪党の性格を身につけなくてはと、血も涙もない男になりきろうと一生懸命つとめるのだが、根が正直物の好人物だけにいつも人を助けるという反対のことばかりやっていた。

 彼は信越の山道で、おけさの半次というやくざに斬りつけられるが、半次は千太郎の気っぷに惚れて、きれいに別れていった。半次と別れた千太郎は、ひょんなことで、弥彦の勝五郎という旅人と一緒になるが、彼が女であることを見破っていた。千太郎に一目惚れの勝五郎は、父親の勘治郎のところに千太郎をとめようと、盛んに勘治郎は悪党の親分であると説明するのだった。

 二人は坂木の藤吉の家に草鞋をぬいだが、そこで千太郎はお君という田舎娘を助けるハメになった。話しているうちにお君は半次の姉であることがわかった。翌日、千太郎は二人を残して稲荷山の勘治郎一家に草鞋をぬいだ。そこには半次も来ていた。勘次郎に逢ってみて千太郎はびっくりした。勝五郎の言ったこととは反対で、仏のような人であった。そこへお君を伴って勝五郎が帰って来た。彼は家に帰るともとのお勝として女にかえった。

 そんな時、黒姫の繁蔵から喧嘩状が届いた。黒姫一家は悪評高い貸元だったので悪事の修業を志す千太郎は、これも修業のためと黒姫一家に寝返ってしまった。お勝と半次はこの裏切りに火のように怒った。翌朝の喧嘩場、半次は千太郎に一騎打を申出た。ところが、当の千太郎は“極悪非道の黒姫の繁蔵を裏切りや、一本松の千太郎、悪党修業の冥利につきまさ……”と大見得をきって稲荷山一家に再び寝返ったのである。おかげで黒姫一家は総くずれとなった。

 勘治郎の止めるのを退け、お君の淋しそうな目を背後に感じながら千太郎は旅にで出るのだったが、半次は千太郎について行くように、姉お君の肩を強く押した。仲よく並んで歩いて行く二人に、半次郎のうたう“おけさ唄えば”の歌声がかぶさっていった。

 

おけさ唄えば

作詞:佐伯孝夫 作曲・編曲:吉田正 唄:橋幸夫

こいつを唄うと泣けるのさ
遠くはなれて想うのは
鴎とぶとぶ松原よ
おいら二人で逢ったこと
あの娘はこの唄好きだった 好きだった
 ハァー島の ア アリャサ 灯台
 灯のつく頃はヨー
 アリャアリャアリャサ
 なぜか仕事が手につかぬ
 おいらの帰るのを待ちかねて
 嫁にゆくよな娘じゃないが
 花が又咲きゃ気にかかる
 揃い浴衣でおけさぶし
 踊って明かした夜もあった 夜もあった
 ハァー雪の ア アリャサ 新潟
 吹雪に暮れるヨー
 アリャアリャアリャサ
 佐渡は寝たかよ 灯も見えぬ
ふるさと恋しや島恋し
瞼とざせばこの耳に
今もきこえる波の音
とんで帰っておふくろや
あの娘の笑顔が早よ見たい 見たい

←クリック!特集へ

YaL.gif (2580 バイト)

Top page