忍びの者霧隠才蔵

1964年7月11日(土)公開/1時間27分大映京都/白黒シネマスコープ

併映:「座頭市あばれ凧」(池広一夫/勝新太郎・久保菜穂子)

企画 伊藤武郎・財前定生
監督 田中徳三
脚本 高岩肇
撮影 武田千吉郎
美術 内藤昭
照明 中岡源権
録音 海原幸夫
音楽 伊福部昭
助監督 土井茂
スチール 西地正満
出演 磯村みどり(茜)、城健三朗=若山富三郎(真田幸村)、中村鴈治郎(徳川家康)、小林勝彦(真田大助)、成田純一郎(豊臣秀頼)、島田竜三(徳川秀忠)、中村豊(乾左平次)、須賀不二男(武部与藤次)、守田学(下柘植の七郎)、水原浩一(本多忠勝)、伊達三郎(筧十郎)、南部彰三(土井大炊頭)、木村玄(穴山小助)
惹句 『忍者が歴史を塗りかえる裏をかけばその裏をかき、果てしなく続く忍者の死斗』『忍者の敵は忍者だ裏をかけばその裏をかき、果てしなく続く残酷の死斗』『墓の中からでも生き返ってみせる。伊賀忍法の秘術を知れ』『一瞬、大地を蹴る霧隠頭上から襲う忍者の二本の腕だけが、縄をつかんで空にゆれている

★かいせつ★

 この作品『忍びの者 霧隠才蔵』は、通説をくつがえす新解釈の五右衛門を演じてブームの先駆けとなった市川雷蔵の忍者もの第四作ですが、主人公は霧隠才蔵に変り、新たな構想と趣向がもられております。

 その内容は、秀吉の死後関が原の合戦で豊臣方を破って天下を統一した家康が、その覇権を名実ともに確立しようとして十五年の長きにわたって機を狙い深謀遠慮の末に大阪城に砲弾をうちこんだ冬の陣から夏の陣にいたる約半年間の歴史を背景に、淀君、秀頼、千姫の栄光と悲惨をおりこみながら、知将真田幸村の奇略縦横の才と宿命、そしてその配下にあってひとり大軍を欺き、あるいは掟を破って徳川方についた裏切忍者との死斗、あるいは闇の中に生れ死す忍者の宿命と恋、さらに単身家康暗殺におもむき秘術を駆使して活躍する才蔵を中心に痛快味ゆたかなドラマとして描かれます。

 なお、キャストは、主人公霧隠才蔵に前記市川雷蔵、戦火の野に死す才蔵の愛人茜に大映初出演の磯村みどりを迎え、知将真田幸村には重厚な城健三朗(現:若山冨三郎)が扮し、徳川家康にはいよいよ滋味ゆたかな演技をみせる中村鴈治郎、豊臣秀頼に進境著しい成田純一郎が扮しているほか、真田大助に小林勝彦、徳川秀忠に島田竜三、武部与藤次に須賀不二男、乾左平次に中村豊、下柘植の七郎に守田学、本多忠勝に水原浩一、大野治長に杉山昌三九らのベテラン精鋭が適役で傍を固めています。

 スタッフは、先のゴールデンウィークにヒット作品『宿無し犬』を放って好調の田中徳三監督以下一流メンバーで組まれており、戦国の世の確執とサスペンスに富む忍者の活躍の新鮮で興趣つきない嬉しいお盆大作として期待される一篇です。(公開当時のプレスシートより)

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 忍者ブームのきっかけをつくった大映が、構想も新たに真田十勇士の一人、霧隠才蔵を主人公に描く異色の時代劇巨篇です。大阪冬の陣から夏の陣に至る時代、徳川方と豊臣の間にあって暗躍する忍者の死斗が生々しく描かれ、市川雷蔵が“忍者ブーム”の先達としての面目をいかんなく発揮します。

★ものがたり★

 慶長十九年、大阪冬の陣の和議が成立した頃、豊臣方の真田幸村は九度山に引きこもって時節の到来を待っていた。幸村に仕える忍者霧隠才蔵は徳川方の動勢をさぐるため、駿府向かった。

 才蔵は駿府の遊女屋で茜と再会する。茜はかって大阪城の腰元で、才蔵にほのかな思慕を抱いていたが、冬の陣で徳川方の侍に辱められ身を落としていたのだった。才蔵が同じ忍者仲間で家康の腹心となっている武部与藤太に襲われた時、茜の才覚が彼を救った。

 同じ頃、家康は軍備を拡充する一方、豊臣方では家康の孫娘千姫を楯に、決戦を挑もうと主張する淀君を、幸村はしきりにおさえていた。その夜、幸村は才蔵たち忍者に「手段は選ばぬ、家康を殺せ」という秘命を下した。

 まず、乾佐平次が忍び込み、家康の入浴中を狙って猛毒を塗った吹矢を放とうとするが失敗に終り、次に海野六郎が、城の内堀に仕掛けられた罠のために殺害されてしまった。

 才蔵は家康の花見の宴の当日、下役人に化けて侵入するが、与藤太に妨害され、今一歩のところで大魚を失し、捕えられて、しびれ薬を飲まされ、才蔵の仲間たちの居所を喋ってしまった。しかし、才蔵は秘伝の心気の術を用いて、死地を脱し、大阪夏の陣に参加するのだった。(大映グラフNo.12より)

                          忍びの者 霧隠才蔵               押川義行

 いったいどんな解釈から霧隠才蔵を主人公に持って来たのか、それがまずわからない。忍者というだけで特別な才覚も持ち合わせない小者が、任務を遂行したものの敗戦にまき込まれてどこへともなく姿を消した−それだけの話である。

 大阪の陣。豊臣方の智将真田幸村につかえる才蔵は、危ない橋を渡りながら徳川家康の動静を探る。しかし当面の敵は、むしろ寝返った忍者仲間武部与藤次。“忍者は孤独、ただ自分の信念を貫くだけ”というのが才蔵の主張だがこれは当然だが、かとって話はそこを中心にしているわけでもない。家康の陰謀と闘いながら、敗軍の将幸村と運命をともにして行く。というのがやはり話の本筋になる。

 では、才蔵の何が描かれているか、というと、それが何もない。与藤次に忍者の本分を思い知らせることもできず、愛する女をむざむざと死なせ、家康にはだまされっ放しなのだ。そのため苦悩する気配ももちろんない。霧隠才蔵の名前から想像されるような忍術も全く偉力を発揮せず、ただただ忠実な家来として走りまわるばかり、魅力のないことおびただしい。

 ありていにいえば、大阪の陣に才蔵など持ち込んだのがそもそも間違いなので、この場合主人公はやはり家康でなければおかしいのだ。考え込んでばかりいる幸村に代って才蔵を家康に対峙させようという狙いがどだい無謀だが、それならそれで派手な忍術映画に仕立てるくらいの着想のじゆうさがあってもよかっただろう。忍者ものが当たったということは偶然でしかない、が当たったという事実があるなら、それを発展的に利用していくぐらいの智恵はほしいところだ。せっかくの忍者ブーム、尻すぼみにする手はあるまい。

興行価値: 忍者ブームはまだまだ続く。二本立の妙味によっては、動員は大幅に上回る。80%(キネマ旬報より)

真田十勇士・霧隠才蔵

 「真田三代記」には、幸村の部下の忍者霧隠鹿右衛門という人物が登場している。この鹿右衛門を才蔵と改名させて、猿飛佐助の相棒に仕立てたのは「霧隠才蔵」(立川文庫)の作者である。
 ここで才蔵は、江北の大名浅井家の侍大将霧隠弾正左衛門の遺児となっている。浅井家が滅亡すると郎党に守られ伊賀の名張にかくれ、伊賀流忍術の大家百地三太夫に師事し、忍術の極意を授けられる。
 姫路近くの山中で山賊となっていたところで佐助と遭遇。甲賀流の猿飛佐助と忍術比べのあげく幸村に仕えることになる。大坂夏の陣には、電光の如き大活躍をして、徳川軍の大軍を悩ませ、家康の本陣に忍び込み首を掻こうとするが、失敗する。大坂落城後、幸村に従い幸村の子の大助と協力し、豊臣秀頼脱出に成功する。真田十勇士より)

詳細は、シリーズ映画「忍びの者シリーズ」参照。

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