眠狂四郎無頼剣

1966年11月9日(水)公開/1時間19分大映京都/カラーシネマスコープ

併映:「兵隊やくざ大脱走」(田中徳三勝新太郎・安田道代)

企画 奥田久司
監督 三隅研次
原作 柴田錬三郎
脚本 伊藤大輔
撮影 牧浦地志
美術 下石坂成典
照明 山下礼二郎
録音 林土太郎
音楽 伊福部昭
助監督 友枝稔議
スチール 西地正満
出演 天知茂(愛染)、藤村志保(勝美)、工藤堅太郎(小鉄)、島田竜三(伊佐)、遠藤辰雄(日下部玄心)、上野山功一(一文字屋巳之吉)、香川良介(弥彦屋彦右衛門)、橘公子(妻お菅)、三木本賀代(娘お曾代)、永田靖(武部仙十郎)、酒井修(志麻)、水原浩一(多兵)、高杉玄(膳所)、南条新太郎(久三)
惹句 『あいつは俺の影なのだ流派も同じ、腕なら互角同時にまわる円月殺法斬れば斬られる狂四郎の危機』『恐るべし鏡に照らした己の如く、刺客の剣も円月殺法斬ったのは白衣の怪剣士か倒れたのは黒衣の狂四郎か

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解 説

 市川雷蔵主演の狂四郎シリーズ第八作『眠狂四郎無頼剣』は、伊藤大輔が構想も新らたに特異なオリジナリティで狂四郎と対決して脚本を執筆、円月殺法を縦横無尽に活躍させる。

 虚無の影をひく浪人眠狂四郎の剣は、多くの刺客を斬り運命にさからったが、第八作では江戸全土を炎の海と化して己の野望をとげようとする暴徒一味と対決、その一人愛染と呼ぶ奇妙な男は狂四郎の円月剣に対して不敵にも同じ円月剣で迫る。自分自身の影のように、あるいは鏡の中の己のように、不気味な強敵が出現して、円月剣対円月剣の死闘が展開する。

 狂四郎を演じて八度目の市川雷蔵はますます円熟味を増して絶対のムードを出すが、狂四郎に初めて円月剣で迫る浪人に天知茂が久しぶりで出演、円月殺法の興奮が凄絶痛快に展開する。そして藤村志保が女芸人に扮して艶をそえる他、工藤堅太郎、永田靖、遠藤辰雄、香川良介、島田竜三、上野功一らが助演する。監督は三隅研次。

 

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物 語

 眠狂四郎は居酒屋“蛸平”の小座敷で徳利を据えて寝そべり、廻り髪結いの小鉄のおしゃべりを退屈しのぎに聞いていた。事件とは、江戸で一二の油問屋弥彦屋へ白昼得態のしれぬ浪人が押し入ったというのである。しかも最初は近く一文字屋巳之吉と祝言をあげる娘お曾代の嫁入道具にと茶器を売りに来たのだが、法外の高値を吹ッかけ、断わられると刀を抜き主人の彦右衛門、女房お菅、娘お曾代を縛りあげ土蔵へ入って何か書類か図録のようなものを盗んだ。その家の幼い末娘お鶴とかくれんぼをしながらである。

 一部始終をすっかり話した小鉄も、実は以前から狙っていた、弥彦屋にあるという延命酒を失敬しようと土蔵にもぐりこんでいた時、それを見たのだが、さてその酒を呑もうとすると異様な臭いに思わず土間へぶちまけてしまった。狂四郎は何を思ったか、吸っていた煙草の吸いがらを土間に吹きとばした。たちまち引火して燃えあがり一面火の海に、店の客は総立ちの大騒動となった。その時、表で雨宿りしていた女、角兵衛獅子兄妹をつれた女芸人勝美太夫が、入って来るなり羽織っていた糸ダテを被せ火を消し、鮮やかな微笑を残して去った。狂四郎の眼が鋭い光りをみせた。

 盗まれた図録は、越後の臭水の原油からラムプ燈に使うペトローレ油精製の原理を書いたもので、大塩中斎とその息子格之助によって研究され、その権利を一万両でゆずり、貧民救済資金にしようと計画されたが、義挙は土壇場で商人たちが寝返って挫折し、自殺した大塩父子の首は河原にさらされた。今、その図録を取り返した浪人は愛染と名乗り、一味と共に弥彦屋をはじめ、大塩中斎の大志を挫き非業の死へ追い込んだ張本人老中水野忠邦をも、短銃にかけて恨みを晴らそうと復讐の念にもえていたのだ。弥彦屋もまたお抱え用心棒の日下部玄心と、その道場一党の手を使って動き始めた。

 狂四郎は河岸で夜釣を楽しんでいた。その狂四郎に通りかかった愛染一味の浪人たちは「若先生」とか「格之助様ッ」とか驚きの声を発した。面食らう狂四郎は、帰りの道で勝美と行き違い、またしても同じ「格之助様」と呼ばれた。ふと思い当った狂四郎は老中水野越前守のお側頭武部仙十郎を訪ね、書庫で大塩騒動の全貌を調べたのだった。

 狂四郎は玄心一党に襲われ、円月殺法をみせたが、どこに身をひそめていたか、愛染もその精妙な剣の鋭さを感心して眺めたのだった。武部が狂四郎に、大塩の残党が不穏な動きを企てているので力を貸せといったのはそんな時だった。狂四郎は断った。

 角兵衛獅子兄妹を銀杏長屋へ送った狂四郎は、帰りに追って来た勝美から意外な事件の裏面を告げられた。ペトローレ精製法の図録を大塩格之助の手許から盗んだのは、弥彦屋にそそのかされた一文字屋巳之吉に命じられた勝美だという。そして今、勝美は格之助への申訳なさと巳之吉への恨みを晴らすため江戸へ出て来たのだ。話し終った勝美は起ちあがり、黒塗の扇子を抜き握りの骨を引くと中味は鋭い細身の匕首、それを取って構えた。狂四郎も夢想正宗を鞘走らせ勝美の正面に円月の構えを。狂四郎の剣はいきなり斬りつけた。勝美の背後にひそんでいた愛染一味を、一人斬り一人を突き、勝美を庇って構えた。その前に愛染が現われた。愛染も円月の構え。

 玄ノ子祝いの日。江戸城は総登城し市中は祭りにいぎわった。愛染一味の決行の日でもあった。愛染は、水野忠邦の行列を襲撃したが失敗。他の一味は弥彦屋と一文字屋の油蔵へ火を放った。火は爆発音をたてて燃えひろがり、市民は逃げまどう。狂四郎は愛染一味、玄心一党、弥彦屋、巳之吉らすべてが集まる空家三浦屋へ姿を現わし、燃えさかる炎に映える大屋根で愛染と対決した。

 「城も焼け!大名屋敷も問屋も焼きたくば焼け!だが罪科もなく焼きたてられ住むに家なく、食うに明日の生計の絶えた八十万江戸の庶民を何とするのだ、主義が主張がどうであろうと此の暴挙断じて許さぬぞ」

 狂四郎、円月を構えた−。愛染もまた。愛染の剣が飛ばされ斬りさげられて屋根に倒れた。狂四郎の顔が火事を映す赤い空に立つ。( 公開当時のプレスシートより )

 眠狂四郎無頼剣

飯田 心美

 眠狂四郎は柴田錬三郎の原作によると、元来ニヒルな性格の侍で、これに女がからんで色模様を展開するというのが定型となっている。だが、ここではその二つがあまり出て来ない。思うにすでに前回までに屡々使われたので一休みしたのであろう。シリーズも八回となれば、それもあり得ることで、殊に今回の脚色が伊藤大輔の手になったことを考えれば頷けてくる。当然出てくるのは大輔らしい改筆で、ある意味ではその改筆が従来の狂四郎ものにない味を生み出していると言ってよかろう。

 その改革とは一口にいうと、ある社会的な犯罪事件の真相糾明ともいう扱いで、推理小説風な仕組みの中に主人公狂四郎を活躍させようといった趣向だ。発端は越後の地下水に異変が起こり、これが灯油になるものだと気づいた大塩中斎父子が、石油精製の秘法を洋書で知る。大塩父子はその開発の権利を貧民救済資金にあてんと油商人を説得、半ば成功しかけたとき、商人たちの裏切りで計画は挫折、父子は反逆人の刻印をおされて自決する。これは江戸老中水野越前の策謀によるもので、水野は油商の弥彦屋、一文字屋を抱込んで、大塩を失敗させたのである。

 それから数年、大塩の門弟にあたる愛染は同志を糾合、亡師の怨みを晴らそうと江戸の一隅に機会をねらった。そしてまず証拠の書類を盗むため弥彦屋へ押入り、次に水野越前自身を襲う計画をねっていた。この事情を知ったのが眠狂四郎。そこで主人公の立上りとなり、真相追求から愛染一味との対面、最後は独特の円月殺法が冴えを見せるという寸法。内容としては捕物帳に似た性質で、事件の関係範囲がひろい点が政治と社会を感じさせるが、メスの入れ方は限定され鋭い視線は放っていない。第一に大悪党の水野越前は安泰に終り、ただ油屋二軒が焼かれ、愛染一味が亡びるだけだから結末はスッキリしない。

 それよりもこの一篇の特色は、そうした複雑な話をいかにてぎわよく、かつ面白く説き来り、説き去るかという語り口の技術である。いわゆる伊藤大輔一流の話術の妙であるが、これは相当成功している。たとえば開巻、いきなり弥彦屋一家が奥座敷で強盗に襲われた直後を見せ、当の強盗は弥彦屋の幼女と遊びながら、土蔵を物色するといった皮肉な光景から、その時の様子を報告する髪結職人の饒舌によって、狂四郎が事件の一端を知るダンドリなど、見る者を強引に画面に引きこむ。強盗とは実は愛染のことで、裏面で暗躍する者にはまだ多数あり、一文字屋の甘言にのせられ、大塩の手から洋書を奪う役目を果した後に捨てられた旅の女芸人などもその一人。彼女を使って石油資源に話を持ってゆくくだりなどもわるくない。大輔がこうしたテクニックにかけて練達なことは定評があり、改めておどろくのは遅いが、このシナリオに助けられて、三隅研次もソツのない演出をみせる。要所要所にセリフと画面のモンタージュを使いわけたあたりがそれで、映画でなくては出来ない娯しさをもり込む。前述のように構想に難点があるので、十分な迫力とまではゆかないが、新講談としてなら及第の部で、市川雷蔵、天知茂、藤村志保はじめ出演者もタイプを活かして動いているし、牧浦地志のキャメラ、下石坂成典の美術も効果をあげている。

興行価値:筋立も運びも一応ソツなくこじんまりとまとまり、雷蔵も無難に狂四郎をこなしている。これがこのシリーズの特徴であり、欠点でもあり、いまひとつの爆発的にヒットしない原因であると思う。何とか一工夫ほしいところである。(キネマ旬報より)

『眠狂四郎 無頼剣』        芝山幹郎

 「勝負」、「炎情剣」、「無頼剣」。

 私が選ぶ眠狂四郎シリーズのベスト3は以上の諸作品だ。なんだ、三隅研次の監督作品ばかりじゃないか。われながら苦笑してしまうが、54歳で夭折したこの監督の美学には見飽きることがない。なによりも、彼の作り出す構図と省略の見事さは他の追随を許さない。

 ことに『眠狂四郎 無頼剣』のユニークさは群を抜いている。まず、脚本が伊藤大輔とあって、構築が重層的で、人と人のからみが入り組んでいる。となると、いつもはニヒルでクールでアナーキーな狂四郎も、今回は女を抱く暇さえない。しかも伊藤大輔は、敵役をただの横暴な悪党に収斂させない。テロリストを率いる愛染の姿などは、なかなか陰翳豊かに描き出されている。

 さて今回の狂四郎は、かつて大阪で鎮圧された大塩平八郎の乱の復讐劇に巻き込まれる。反乱軍残党の愛染は幕藩体制への復讐を誓っている。江戸の町を紅蓮の炎で燃え上がらせてやると豪語する。そして彼は、狂四郎と同じく、円月殺法の使い手だ。黒い着物姿の狂四郎と白い着物姿の愛染は、たがいに一目置きつつ、最後の決戦へとにじり寄っていく。が、そこに至るまでの書き込みが半端ではない。女芸人の勝美や油問屋の弥彦屋、用心棒の日下部ら、記憶に残る脇役が狂四郎と愛染の周辺を惑星のように動くため、映画はけっして単線的な印象を与えない。図形でいうなら、伸び縮みする楕円に近いだろうか。

 それにしても、この映画を支えた3人には不思議な因縁がある。天知茂は、三隅研次より10年遅れて生まれ、10年遅れて死んだ。天知と雷蔵が1931年生まれの同い年だったことは周知の事実だ。雷蔵は三隅より6年早く、37歳の若さで世を去った。いま存命ならば、雷蔵79歳。もし作り手側にまわっていたら、まだまだ活躍の期待できる年齢だ。

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歴史読本1994年11月特別増刊号[スペシャル48]RAIZO 『眠狂四郎』の世界に詳しい。また、シリーズ映画「眠狂四郎シリーズ」参照。

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