通 仙 散

 加恵は最後の実験「通仙散」をのんだ。於継は加恵の薬こそ研究のために必要な強い薬だと知ってくたし涙を流すのだった・・・。翌日めざめた加恵は薬の副作用のために失明寸前だった。しかし麻酔薬の三年間にわたる人体実験は完全に成功した。あとは応用までの細かい研究だけが残っていた。

 加恵は妻として女としてはじめて勝利感をかみしめるのだった。於継は絶望のあまりに床にふした。この年、於継が死んで長男が生まれ、その子は雲平と名づけられた。

小弁の死

 いがみあう二人であったが、小弁の死には抱きあってなげき悲しむのだった・・・。

失 明 -妻の座-

 小弁がその夏死んだ。悲嘆にくれる間もなく実験はすすめられ、青洲はようやく「通仙散」を人間の体につかえるまでに完成させた。

 そして十月十三日、全身麻酔による乳ガン手術が世界ではじめて成功した。日本全土から医学生が青洲の門に集まり、紀州和歌山は日本医学のメッカとなった。

 しかし、失明した加恵は古い奥納戸の部屋でひっそりと暮らした。於継の没したあと加恵には何が残されたのだろうか。いま、曼荼羅華の花のなかをさまよう加恵の姿は神々しいまでに美しい。村人はその姿をみて、「ほれ、あれが加恵さんだよ」と称賛の声をあげた。それはまた於継のかっての美しさに驚くほど似ていた・・・。

 加恵が死んだのは文政十二年のことである。

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