舞台俳優はどんなベテランでも、映画やテレビなどの仕事に追われて一年も舞台をはなれると、次にカムバックするときは、観客が非常にこわいという。

 関西歌舞伎の若手のホープから映画入りして十年−。今度の日生劇場出演は彼にとって、いわば古巣へ帰ったようなものだが、“舞台のこわさ”はよくご存知とみえ「初舞台のつもりで・・・」と、きわめて神妙な態度だった。

 しかし、やはり古巣は古巣。昼の部の「勧進帳」、夜の部の「一の谷物語」(石原慎太郎)ともに好評で、わずか二、三日で歌舞伎俳優としての自信をとりもどしてしまった。

 ハッタリがなく、つねに慎重。映画では優等生俳優の彼である。

 『続・忍びの者』で殺されてしまった石川五右衛門を、もう一度生き返らせて『新・忍びの者』をつくろうという会社の企画に一時は反対したが、昨年前半の不振を、この『続・忍びの者』と『座頭市兇状旅』でもりかえした会社のことを考え、おとなしく方針にしたがったのはそのよい例だ。

 俳優にしては賢明すぎるともいわれるが、こうした合理主義が彼の身上である。

 「一の谷物語」は四月に彼の主演で映画化されるが、その前に一本『剣』(三島由紀夫原作・三隅研次監督)の撮影がはさまっている。優等生は忙しい。

(週刊文春 01/27/64号より)