協同演出の弁

 こんどの武智プロデューサーの「熊谷陣屋」と「野崎村」の上演に際しまして、わたくしが武智君と協同演出をやることになったのですが、なかなか大役で、自分もいいものを見ていただきたいと大いに張り切っております。

 これまで幾度もいろんな俳優によって上演されたこの二つの狂言ですが、こんどはスッカリ原作通りに演ることとしました。そしてこの二つの作品の内容の深さ、おもしろさ、作品の狙いといったものを、ご覧になる方に充分に判って頂ければと思っています。たとえば「熊谷陣屋」では、敦盛と皇室の関係、藤の方の地位、義経の首実験の心境、敦盛を救う熊谷の肚裏等々々、いままで見物しただけでは判らなかった点をこんど知っていただければ私たちもやり甲斐があるわけで、出演者の若い人たちにもよく言い聞かせ、役の性根、狂言の時代的考証、劇の構成をくわしく説明し、各自の台詞一言々々にも大へんな苦心と研究をやらせております。

 若い人で、ただ演技の型を知ってさえいたらという考えでか、役の性根などロクロク聞きもしない不心得な人がよくあるものですが、これは俳優としておそるべき間違った考え方で、その点こんどの演出ではみんあに特にやかましく言っております。何しろ出演する延二郎、鶴之助、扇雀君らは時々役がつきますが、鯉昇、太郎、莚蔵、靖十郎の諸君らは、近ごろ“つくし会”を結成以来、試演会でどうやら恰好のつきかけてきた連中なのですから、みんなこれからの人ばかり、いわば未完成品なので、それだけにやり方一つでどうにでもなる者ばかりゆえ、この機会に充分勉強してもらいたいと思っています。

 みんなこんどの稽古がはじまってから、異常な興奮ぶりで、はじめて大役と取り組んだ嬉しさと怖さに夢中になっているのもうれしく、殊に平素は女形でありながら「陣屋」の熊谷をやる鶴之助君なども、発声法の指導からが大へんで、みんな涙ぐましい健闘ぶりです。武智君と相談して、原作に忠実に演出しますが、従っていままで“儲け場”と言われていたところを止めにしたのもありますし、又これまでやらないことで案外役者の儲かることもあります。勝手な演出で舞台の上で矛盾することのないようにしています。それとこの二つの狂言のもつ悲劇−殊に「熊谷陣屋」においては、近頃お客さまがちっとも泣かないようですが、こんどの演出で役の性根を究めたら、自分の役に、役者自身が必ず泣くことでしょう。役者が泣く芝居−これが見物の胸を打たずにはおかないことは必定と信じます。

 みんな懸命の努力をつづけておりますので、若い者たちの演技がどこまで見物の皆さんに満足していただけるか、わたくし達もその日を期待している次第です。

坂東蓑助

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