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僕の知っているこの役者は、先代左団次一座の二枚目という地点から始まっている。先代松蔦とのコンビで見せた寿美蔵のいくつかの役には、独自な味があり、十五代羽左衛門とちがう性質の若さは、つねに鮮明な印象を与えた。だから戦後大阪へ移籍し、寿三郎と共にいわゆる「双寿」の時代を作った彼に、羽左張りのレパートリーが企画されるのは必ずしも妥当ではないと思っている。
しかし、依然として舞台に漲る若々しさは珍重すべきだし、押しつけがましくない熱演も好意がもてる。寿海という隠居名はふさわしくないが、今は関西歌舞伎の長老であり、碁敵にも比すべき猿之助と東西で最高の椅子にすわったのだから、感慨深いものがあろう。
尤もこの頃は時々「鎌三」の佐々木、「山門」の五右衛門のような役を演じることもある。そういう時に、僕は今は亡びた中芝居のなつかしい気分を彼の動作から発見する。寿海の青春が、まだどこかに残っているらしい。(戸板康次) |