昭和二十五

延二郎の俊寛

 五月の文楽座は武智歌舞伎の第二回、再び延二郎以下の若手歌舞伎を、それぞれ曰くつきの演出で行う。武智歌舞伎の可否は別として若手に活躍の舞台を与えることは非常によい。扇雀の病気欠場が何と言っても惜しまれる。

道行恋苧環】 

 井上八千代の振付というので注目されたが、これは失敗だった。それに秀公の入鹿妹橘姫が何と言ってもまだ無理だ。裾捌きが危なっかしく素人の会じみる。莚蔵の烏帽子折求女実は藤原淡海が柄に合っていたが、立ち姿が悪い。そこへ行くとさすが鶴之助の杉酒屋娘お三輪は一廻りもニ廻りも上である。ただ幕切れなどもっと高調してくるものがほしい。

平家女護島】 鬼界ケ島の場

 これは立派に一流に伍して勝るとも劣らない。少なくとも去る十一月の我当らのそれに比べて勝っている。延二郎の俊寛僧都が全く悲劇の人になったいたことは十分特筆に価する。小金吾の瀬尾太郎兼安の堂々だるさま、鯉昇の丹左衛門基康の明解な台詞、太郎の丹波少将成経の情愛こもった若衆ぶり、莚蔵の千鳥のくどきなどいずれも一流といってもよかった。

勧進帳】

 これは文句なしに鶴之助の武蔵坊弁慶の力演を買うべきだ。勿論蓑助の模倣であり、しかもそれに及ばないかも知れないが、年齢の割にはたいしたものだ。それに呂の声の台詞が実に綺麗に出る。延二郎の富樫左衛門は形は綺麗だが、迫力が乏しい。秀公の源判官義経は美しく形は決まるが台詞が頼り無い。(五月十九日、観劇)

 五月 関西実験劇場第八回公演 若手歌舞伎 五月十二日〜二十一日【文楽座】 「道行恋苧環」 「平家女護ケ島」鬼界ケ島の場 「勧進帳」

 蓑助の加わった花形歌舞伎

 八月、ふと南座の表を通ったら、ちょうど初日で、花形歌舞伎が開いており、たった四十円だったので、まったくの予定もなく、大分過ぎていたが入った。蓑助がいつもの補導役だけでなく、一役ニ役買っていたので、大人の舞台となっていた。

勧進帳】 

 すでに済んでいて、見られなかったが、扇雀の源判官義経だけが心残りだ。

父帰る】 

 蓑助の黒田賢一郎がさすがに芸が大きい。田中千禾夫の演出で、非常に素直なのが気持がよい。扇雀の弟新二郎、大作の父宗太郎、延之丞の母たかなど、いずれもまあまあの出来。

修善寺物語】 

 これも蓑助の面作師夜叉王が断然一流だ。これに伍して扇雀の姉娘桂がすばらしい出来だ。ことに桂川の場では、適役のはずの延二郎の源左金吾頼家がすっかり扇雀に舞台を浚われてしまった形。扇雀は声が少し変わっていたが、芸が大きくなったのはよしとすべきであろう。鯉昇の楓の婿春彦、莚蔵の妹楓、三津三郎の金窪兵衛行親などよくまとまっていた。

道行恋苧環】

 前に見たのと同じ配役だが、秀公が相変わらず進歩していない。(八月十八日、観劇)

 八月花形歌舞伎 八月十八日初日、二十四日まで。【南座】 「勧進帳」 「父帰る」一幕 「修善寺物語」一幕 「道行恋苧環」