劇場へのお誘い

as of 08/10/16

 ◆歌舞伎役者として芸能界スタートした雷蔵は、映画界入りし、スターとしての地歩を固めた1960年八月、六年ぶりに舞台に立ちました。舞台・歌舞伎役者としての雷蔵をこの六年ぶりの新歌舞伎座八月公演から追ってみます。

◆また、歌舞伎はやはり劇場で実際に見るのが最高です。 舞台上の役者と客席の観客とがお互いに影響しあって作る舞台は、同じ演目でも毎回違ったものになります。 だからこそ昔から同じ演目が何度も再演されたりするのです。 まだ実際の歌舞伎を観たことの無い方には、ぜひ一度生の舞台を見て欲しいと思います。 

◆新に、歌舞伎役者としての市川莚蔵・雷蔵の言動・舞台を、当時(1949〜54)の演劇雑誌「幕間」「演劇界」から拾ってみることにしました。関西歌舞伎における莚蔵時代の研鑽が映画俳優市川雷蔵の基礎を造ったのですから、その軌跡が追想できればと思っています。「幕間」51年7月号から、再スタート。雷蔵襲名後映画界入りするまでを追います。

◆21世紀を迎えるにあたり、演劇雑誌/演劇界は特集・二十世紀の歌舞伎百年-補追篇-で「戦後関西歌舞伎の盛衰」(大岩精二)を載せました。

◆10年ぶりの本格的舞台・日生劇場での「一ノ谷物語〜琴魂〜」は、“今日的歌舞伎の創造”という点で注目を浴び、期待にそむかぬ新作でした。

◆島津忠夫著「戦後の関西歌舞伎 <私の劇評ノートから> (昭和二十年代には確かに存在していた上方歌舞伎の復興の芽が、日々の目先の興行成果のために、次々と摘み取られていった過程を明らかにする。上方歌舞伎復興の願いを込めて贈る劇評集)から市川莚蔵・雷蔵の舞台を(1949〜54)拾ってみました。

◆大阪新歌舞伎座開場七周年記念の“秋のスターまつり”十一月特別公演を、番付や「演劇界」65年12月号より拾います。養父・寿海の当り役“青山播磨”に寿海の将軍慶喜を相手に山岡鉄太郎を演じました。