去年は寿海主演の『将軍江戸を去る』のほか綺堂物の『番町皿屋』で父の芸の継承を試みたが、今年はそこまでの勉強にはならなかったのは、いかに寿海を擁していても畢竟は映画スターの実演としてあまりに辛い演目では興行的に許されなくなったのかも知れない。そして一番の売り物は、彼自身の映画を舞台に移した 『眠狂四郎勝負』だったのだろう。

 だが、舞台は映画そのままではなく、このシリーズものからの抜き集めだったらしく、我らには机竜之介のイメージに近いニヒリスト浪人狂四郎は、雷蔵の颯爽の姿や痛快な剣の扱いや、それにも増して超人的な出没ぶりに見てとれるばかりだが、彼に協力する鼠小僧の沢村訥升、密貿易で腹を肥やしながら元の老中の埋蔵金の探索に切支丹の妖術を使う藤間紫の異国風な女を操る柳永二郎の備前屋、その用心棒の三右衛門の主膳、埋蔵金の在りかを記した義眼をはめられて盲同然になっている朝丘雪路の娘百合枝などの人物が、いわゆる波瀾万丈の動きをする、三幕九場の変化を見送るばかりである。