鯉昇 武智先生は、我々が普段仲間うちであまり聞かない様な、“潜在意識”とか“自己劣等感”などと云うむつかしい言葉を使われますから、それだけで僕等はボーとあがってわからなくなって来るのです。(笑) 

延二郎 あまり武智先生の説明にこだわらずに、自分の教わって来た表現方法のままの解釈で思い切ってやった方が、結局武智先生のおっしゃった方法に早く到達するのではないかと思います。

太郎 僕も思います・・・この前の相模の時でも、武智先生の云われる事は、表現出来ないで困っていました処へ、成太郎が型をつけてくれたら武智先生の御気に入ったと云う様な事がありましたから・・・しかし、こんな事が武智先生に聞えたら、きっと「君等には僕の解釈にまで到達出来ないから、太郎なら太郎、延二郎なら延二郎の頭の程度まで、程度を下げて妥協したのだ」と云われるでしょう。

鶴之助 武智先生の解釈は、従来の歌舞伎の世界に育った私達には成程と思うところが多々あるが、それをこの様にしろと表現方法を教えて下さるのに、呑み込めないものがあるのです。

莚蔵 その点、大和屋の小父さんが云って下さる方がよくわかるのです。

延二郎 全くそうです。しかし、今度の俊寛は、大和屋の小父さんもおっしゃって下さらないので困りました。

靖十郎 前の野崎村の久作の場合なども、武智先生のおっしゃる事で理解出来ないところも、それを実際的に綱太夫さんの義太夫を聞かしてもらって、初めて武智先生の言っていられる事がわかった事もありました。今まで歌舞伎の世界で見たり聞いたりして来た経験の上に、綱太夫さんの義太夫によって、正しい表現方法を教わり、それにより武智先生の云われる腹が消化出来たところは、どうにか出来ますが、それ以上に武智先生が要求されるところは、結局しまいまで叱られました。−勿論出来ないと云うのはこちらがまずいからでしょう。

 それでは極端な云い方ですが、武智さんにその役の性根だけを聞いて、その表現方法は従来の歌舞伎の経験によればいいと云う事になりますね。

小金吾 僕もそう思いますね。なんと云っても歌舞伎ですから、見ているお客が楽しめる様な表現がしたいと思います。

鯉昇 僕は本興行では、これと云った役をしていませんので、表現については何とも云えませんが、武智先生の場合の様に性根をよく聞かして頂く事は大変必要だと思います。

莚蔵 僕も本興行の場合、武智先生の様に、役の性根をくわしく教えて下さる人がほしいと思います。

鯉昇 たった二回武智先生に教わっただけで生意気な云い方ですが、今までは歌舞伎に対して何となく接して来ましたが、近頃は何の狂言でも批判する力が出来て来ました。

延二郎 自分の出る芝居だけでなく他人のをよく見ていても、何故あんな演技をされるのか疑問を持つ様になりました。

 それは何よりの収穫だと思います。武智先生のおっしゃる事があまりにもむつかし過ぎて、呑み込み難いと云う事は別として、お父さんや先輩の方から従来の様に教わるのと、武智式に性格を解剖して行く方法と、どちらが入り易いですか。

靖十郎 武智先生の方は、とっつき難いが、後になって考えて見ると、結局入り易く身につくと思いました。

鯉昇 父や先輩に教えてもらったのは手足を取る様にああしろこうしろい云われるのだから、武智先生に教わるよりは入り易いですが、その代り舞台で手足を動かしていても、ちっとも役の性根がわかりません。武智先生の場合は反対に性根が先ずわかるのですが、今度はそれを表現する事が出来ないんですね。

太郎 だから理想としては、何時の興行でも今度の様に頭で性根を分解して教えて頂ける人と、それを表現するために舞台で苦労をされた先輩の人により、一々手足を取る様にして教えて頂けたらと考えます。(一同同感の表情)

小金吾 武智先生の演出そのものの効果は尊敬を致してますが、理屈にしばられて段取りがつかないので、やっているものには非常に不自然な動きをしなければんらぬと云うきらいを感じました。

 武智さんは段取りと云うものを役者の仕勝手だと云って嫌われますね。しかし、六代目さんなんか見ていたら、目立たないが、大変段取りをうまくつけていられた様に思いましたが・・・。

靖十郎 武智先生によくこちらが思い入れをすると、そんな当て振りはいけないと叱られますが、太郎さんの少将と千鳥との恋物語のところなど~うきつ沈みつ波間をわけて・・・のところなど随分当て振りの様に思うんですが・・・。

(ここで汗をふきふき武智氏現る)

武智 今日若手の人々の座談会があると聞きまして、僕は何等お招きがなかったのですが、多分連絡するのをお忘れになったのだと思いまして、無理をしてかけつけて来ました。(暑いですねと盛んに汗をふかれる)

 それはどうも、いや実は最初の予定では、お呼びするつもりだったのですが、武智さんがいられると、皆が率直に武智歌舞伎の批判が出来ないと思いまして、わざとお呼びしませんでした。まことに恐縮ですが御遠慮下さい。

武智 いや僕は自分の云いたい事を云う方ですから、人に何と云われても平気ですから、どうか話をつづけて下さい。

同 どうも困りますね、云いたい事が云えません。

延二郎 君らそんな事でどうするのだ石切の六郎太夫のセリフではないが、御恩は御恩、敵は敵・・・云いたい事はどしどし云わないと駄目だ。

 それでは延二郎さんからどうぞ。

延二郎 いや私なんかは未熟ですので申し上げる事はございません。(一同哄笑)靖十郎さんつづきをどうぞ。