京都市

 

「炎上」ロケ地巡り(京都あっちこっち)

 @右京区嵯峨天龍寺

 

 吾市が徒弟としてあこがれの驟閣寺に入るところだが、実は天龍寺・庫裏。↓切り妻造り、蟇股、白壁が美しい。

 入り口の左脇にあった木がなくなり、石組みに変わっているのがよくわかる。多分木は枯れてしまったのではないだろうか?ここ、天龍寺には森一生監督の墓もある。

 よく知られていることだが、三島由紀夫作「金閣寺」の映画化にあたり、寺側は「金閣寺という名前を使うのはやめてほしい」という条件以外はいわなかったが、金閣寺をロケに使うわけにはいかず、寺の内部はすべてセット撮影である。

 普段はジーパンに汚い?ジャンパー姿の大映スタッフは慣れない背広にネクタイをしめて、大学研究者を装い、寺の内部を観察しセットを拵えたそうである。

 なにしろ、放火事件は1950年、小説発表は56年、そして映画化は58年のことである。寺関係者からの協力を仰ぐことは難しかった。

 A上京区中立売トミカワ薬局

 

 吾市が市電の通る道を横切り、睡眠薬を買ったトミカワはいまも44年前と同じ場所にある。ただし、都合よく薬局の隣に刃物屋はない。刃物屋はセットである。

 改装してしまい44年前の面影もない。撮影後隣の店はトミカワに買収され、店は当時と比すると倍近い大きさになっているが、この狭い通りを市電が通っていたことに驚かされる。

 ただし、トミカワの看板は健在。しかし、正面からは見えない。映画の看板はどうやら映画の中だけのようである。お店の方の話によると、雷蔵は撮影の合間、椅子に座って自分の出番を待っていたそうだ。あの辺りと指差されると不思議と懐かしさを覚える。ほんとうに現金なものだ。

B右京区嵯峨大覚寺

「炎上」驟閣寺

セットの驟閣寺は大覚寺大沢池のほとりに実際の大きさで建てられた。

   

 

 田中監督と二人で、この辺りか・・・・いやもう少し先と歩きながら捜した。何しろ44年前の話。途中、この辺りで「濡れ髪三度笠」の祭礼の賑わいを撮影したと聞かされ思わず立ち止まる。(本郷巧次郎扮する若殿・長之介がお祭に浮かれている場面)が、今日の目的は「炎上」、驟閣寺が建てられていた場所の特定だ。

 

  

この赤く塗られた橋が目印?で・・・この辺り

 当時、助監督として撮影に一番深く関わった田中監督がおっしゃるのだから多分↑ここでしょう?それに、池の中に杭の跡がある。これがセットの名残?まさか????

(当時のスタッフの集合写真)

大覚寺を後に、桂川を右に見ながら車は京都市内を目指した。桂川の岸辺では今しも時代劇の撮影が行われていた。個人タクシーを貸切にして、半日ロケ地巡りをしたのだが、運転手さんも若い頃監督の作品「悪名」をよく見ていたそうで、撮影現場に出くわし、思わず「停めましょうか」と言葉が出てしまった。が、そのまま停まることなく進み、驟閣寺のセットを金粉を舞い上がらせて燃やした場所は?桂離宮まで火の粉が飛んでしまいそうでヒヤヒヤした場所は?「多分あの辺り、でも木もなくなり、随分川筋も変ってしまった」どうやら対岸の公園辺りらしい。

三条大橋の袂で、半日お世話になった個人タクシーの運転手さんに別れを告げて(ほんとうに、よくしてくださった。ありがとう!!)、夕食後、先斗町探検をした。おもしろい話をたくさん聞けたのでそれはそのうちオフ会等々でご披露したい。