京都市

京都市左京区下鴨泉川町

 



 


 東の高野川と西の賀茂川が合流するところに広がる糺ノ森は、南北1kmの森で、広さは12万u。ニレの木が多い。下賀茂神社(賀茂御祖神社)はこの広大な森の北奥に鎮座する。「ただす」とは河川の合流点を意味するが、古代ここで民衆の訴えを聞いて偽りを糺したという伝説にも由来する。ここは古来、禊の場でもあった。江戸時代、京の人々は暑い夏にここに集まり、深い森の気を吸って納涼のひとときを過ごしたという。

 

豪壮な構えを見せる楼門

 京都で最古の神社で古代の豪族賀茂氏の氏神。上加茂神社と合わせて賀茂社と総称されている。成立は八世紀中頃とされる。白砂を敷いた神域内には檜皮葺きの社殿が立ち並び、平安時代の面影を偲ばせる。多くの神事のうち、五月十五日の『葵祭』は例祭で、古い歴史と王朝絵巻といわれる美しさで特に有名である。(以上、ガイドブックより)

 下賀茂神社が珍孫と狂四郎の待ち合わせの場所、亀井戸清香寺の臥竜の梅になったのは、眠狂四郎シリース記念すべき第一作の「殺法帖」。さて、よ〜く見比べると当時(1963年)の下賀茂神社はなんだか薄汚れている上に、ベンガラもはげまくっている。

 

 現在の(2003年2月撮影)下賀茂神社はぴかぴかできれい!!当時と現在の観光収入の差なのだろうか?それとも単に塗り替える時期の問題だったのか・・・????

 さて、映画に出てくる↓臥竜の梅も珍孫が蹴り倒す燈篭も映画のために運び込まれ、植えられたというのがよくわかる。