京都市

 

 

下鴨神社

 

 賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は、京都市左京区にある神社である。通称下鴨神社(しもがもじんじゃ)。式内社、山城国一宮、二十二社の一社で、旧社格は官幣大社。賀茂別雷神社(上賀茂神社)とともに古代の賀茂氏の氏神を祀る神社であり、賀茂神社(賀茂社)と総称され、両社をもって一社のような扱いをされてきた。

 賀茂神社両社の祭事である賀茂祭(通称葵祭)で有名である。上賀茂神社の祭神である賀茂別雷命の母の玉依姫命と玉依姫命の父の賀茂建角身命を祀ることから「賀茂御祖神社」と呼ばれる。八咫烏は賀茂建角身命の化身である。

 付属施設に糺の森(ただすのもり)、みたらし池がある。(Wikipediaより)


 

 

 京都で最古の神社で古代の豪族賀茂氏の氏神。賀茂と高野二つの川のデルタ上に鎮まり、上加茂神社と合わせて賀茂社と総称されています。成立は八世紀中頃とされ、白砂を敷いた神域内には檜皮葺きの社殿が立ち並び、平安時代の面影を偲ばせます。多くの神事のうち、五月十五日の『葵祭』は例祭で、古い歴史と王朝絵巻といわれる美しさで特に有名です。

 

楼門

 重要文化財、高さ三十メートル。東西の廻廊とも、古代様式を伝えている。二十一年ごとの式年遷宮ごとに造替されてきたが、寛永度以降は解体修理をして保存されている。

 「剣の間」西廻廊の床張の一間は賀茂祭(葵祭)のとき勅使がここで剱を解かれる間である。楼門、東西廻廊とも、式年遷宮寛永五年度(一六二八)造替になった。(下鴨神社の由緒書より)

 
 眠狂四郎シリーズの記念すべき第一作『殺法帖』で、珍孫と狂四郎が待ち合わせたのが亀井戸清香寺。目印の「臥竜の梅」も珍孫がけり倒す灯篭も撮影のために運び込まれたことがよくわかる。

 それにしても、撮影当時(1963年)の楼門はべんがらも剥げ、なんだか薄汚れてみえる。

       

←現在の楼門

 

二の鳥居

 長い参道の行き着いた処に朱色の鳥居が建つ。その先には楼門、本殿(非公開)が続く。

 

 お供を従え鳥居に佇む美女はだあ〜れ?そして通りかかる若侍は?・・・我らが桃ちゃん!『桃太郎侍』のロケ地。